人口1万5千人ほどのチェチェルスク地区。この地区は、自給自足の農村地帯です。一部の畑は、今でも場所によっては東京の15倍以上の放射能で汚染されています。このため、住民は汚染された畑の作物を食べ、被爆し続けています。
 住民たちのもうひとつの食料源が、周囲に広がる広大な森です。しかし、この森は事故直後、放射能を大量に含んだ雨が降ったため、場所によっては10年経った今でも東京の100倍以上の高い放射能で汚染されています。村の人たちにとって森は、キノコや木の実、野生動物など貴重な食料や、燃料となる薪を供給してくれる大切な存在です。

 この村に住むレイナさんの一家も、この日キノコを採りに森へやってきました。16歳のレイナさんは、事故から5年経った頃から、ひどい頭痛と疲労感に悩まされ、体調の悪化を訴えています。

 この村に住む唯一の保健婦のゲラシンコさん。村人たちの家を巡回しながら、健康管理をするのが日課です。ゲラシンコさんは、今、村人の健康状態が確実に悪化していると感じています。それは、年齢を問わず、村人全般に渡っています。

(保健婦:ワレンテイ―ナ・ゲラシンコさん) 「私は、事故の前からこの村の人たちの健康管理をしてきました。しかし、最近の村の人の身体を診て、本当に驚いています。すっかり健康状態が悪くなっているんです。以前は、重い病気の人なんてめったにいなかったのに、今では病人のいない家庭は無いくらいです。やはり、食べ物による放射能の影響ではないかと思います。」

(映像:チェチェルスク地区病院) チェチェルスク地区の人々の身体には、食品を通して放射能が入りこんでいます。その結果、人体にどのような影響が起きるのか、各国の医学者たちがさかんに現地を訪れ研究をすすめています。信州大学医学部講師の小池医師たちは、5年前から毎年この地区を訪れ、住民たちの健康診断を続けてきました。

(信州大学医学部:小池健一講師) 「この人は、たしか前に来られた人ですね。覚えてます。」

 住民たちの体内に放射能がどれだけ蓄積しているかを測定し、健康状態との関係を調べています。

(信州大学医学部:小池健一講師) 「そうですね、1023マイクロキューリーで、3万7千で血球数(?)非常に高いです。日本人の25倍ぐらいの高さですね。」

 小池医師たちは、特に住民たちの免疫、つまり身体の抵抗力の変化に注目しています。放射能による長期間の被爆によって、免疫の異常が起き、それが頭痛や疲労感などの症状を引き起こしているのではないかと考えたのです。血液中の免疫細胞のひとつ、ナチュラルキラー細胞の働きを調べました。汚染されていない地域と比べると、この地区では正常な免疫機能の範囲から大きく外れる人たちが数多くいることがわかります。(グラフ:チェチェルスク地区と非汚染地のNK細胞活性の比較)

(信州大学医学部:小池健一講師) 「今までにナチュラルキラー細胞の働きが弱くなるということが、白血病の前の段階で見られるというデーターがあります。ですから、こういうナチュラルキラー細胞に異常が出た方が、今後抵抗力だけではなくて癌であるとか白血病であるとか、そういうような病気を一人か二人でも出てくるのであれば、やはりこれは大きな問題になってくるだろうと思いますね。」

 免疫の異常は、ウィルスや細菌に対する身体の抵抗力を弱め、様々な病気を誘発します。
小池医師たちは、住民たちの健康状態の変化を将来にわたって見続ける必要があると考えています。

 ベラルーシ政府は、水道やガスなどの汚染対策は行なう予定ですが、安全な食品の供給までは考えていません。また、安全な食品はあっても値段が高いため、チェチェルスク地区の住民たちは、このまま自給自足の生活を続けていかざるを得ないのです。

(レーナさんの姉:アンナさん) 「私たちは国から見放されたんです。汚染された食品を食べ続けてベラルーシが滅んでも、地球全体には何の影響もないでしょう。ひとつの民族が消えたという程度ですよ。」

 汚染された食品を食べ続けることで、今後身体に何が起きるのか。住民たちの不安が次第に高まっています。
 チェチェルスク地区と同じような生活を強いられている人々は、ベラルーシ全体で35万人にも上ります。

(映像:キエフ脳神経外科研究所) キエフにある脳神経外科研究所。ここでは、重い精神症状に悩む事故処理員500人以上について、検査と治療を続けてきました。その結果、事故処理員たちの脳に異変が起きていることが明らかになってきました。

 (医師) 「この患者は脳に障害があり、うまく話せません。」
 (患者) 「彼は。。。まだ少ない。。。これから。。。たくさんある。。。まだ少ない。。。。」
 (医師) 「自分ではちゃんと話しているつもりなのです。」
 (患者) 「210大隊。。。苦しい。。。わからない。。。何を話せばいい。。。よくなる。。。」

 事故のあった年に、緊急部隊の一員として動員されたこの患者は、相手の言うことは理解できますが自分で話そうとすると意図しない言葉が出てしまうのです。
 脳は、これまで人間の身体の中で最も放射線に対する抵抗力が強いと言われてきました。このため、事故処理員たちに起きている様々な精神症状の原因は、主にストレスによるもので、脳がチェルノブイリの放射能によってダメージを受けたわけではないとされてきました。

(映像:モスクワ診断外科研究所)
 しかし、複数の機関による最新の研究がその定説を覆そうとしています。
 モスクワ診断外科研究所では、精神症状を抱える事故処理員たちの脳の状態を詳しく研究しています。今、脳の中の血液の流れを調べています。これは、上から見た脳の断面です。白い部分は、血液の流れが活発です。この患者は、脳の左側に血液の流れが悪い部分があります。

(放射線医学部:ニーナ・ホロドワ上級研究員) 「精神症状のある事故処理員の患者、173人を検査したところ、程度の差こそあれ、全員に異常が発見されました。彼らは、脳の血液の流れが悪いだけでなく、神経細胞の働きまでが低下しています。」

 脳の状態をさらに詳しく調べた結果、事故処理員たちの脳に萎縮が見られることがわかってきました。
 写真の白い部分は、空洞。灰色の部分には、神経細胞が集まっています。40代後半のこの事故処理員の場合、空洞を表す白い部分が脳の中心に大きく広がり、脳全体が萎縮しています。
 同年代の健康な人の脳と比べてみると、神経細胞がつまっている灰色の部分がはるかに少なく、神経細胞が死んでしまったことを示しています。

(映像:キエフ脳神経外科研究所) 神経細胞の死滅は、放射能によって引き起こされたのでしょうか。キエフ脳神経外科研究所では、放射能による被爆で神経細胞の死滅が起きるかどうか、ラットを使って実験しています。チェルノブイリ原発事故で放出されたものと同じ種類の放射性物質を、餌に混ぜてラットに与えます。一ヶ月間、この餌を食べ続けることで、ラットは、人間に置き換えれば、事故処理員とほぼ同じ量の被爆を受けることになります。一ヵ月後、ラットの脳の神経細胞にどのような変化が起きているか、顕微鏡で詳しく調べます。
 被爆したラットの神経細胞は、輪郭がはっきりせず、ぼやけて見えます。被爆していないラットと比べてみると、明らかな差が見られ、神経細胞が死滅したことを示しています。

(キエフ脳神経外科研究所:アレクサンドル・ビニツキー教授) 「死亡した事故処理員の脳を解剖したところ、放射性物質が蓄積していました。“脳は放射能に対する抵抗力が強い”という定説は、覆ったのです。脳の破壊が、様々な精神症状や身体の病気の原因だったのです。作業中に大量に吸い込んだ放射性物質が、脳にまで入り込み、まるでミクロの爆弾のように神経細胞を破壊していったと考えられます。」

 ビニツキー教授の考えは、こうです。事故処理員たちが、作業中に大量に吸い込んだ放射能が血液にによって脳の中にまで運びこまれます。そして、放射線を周囲の神経細胞に浴びせながら少しずつ破壊していくのです。破壊された神経細胞は、もとにもどることはありません。身体の中に入った放射能が多いほど、脳の破壊が進み、やがて脳の機能が失われていきます。脳のもっとも外側が破壊されると、知的な作業ができなくなったり、記憶力が低下します。特に影響を受けやすいのは、視床下部や脳幹など、中心部で、ここが破壊されると食欲や性欲が失われたり、疲労感や脱力感に見舞われます。また、内臓の働きが悪くなったり、手や足の動きをうまくコントロールできなくなるなど、身体全体に影響が出ます。いずれも、事故処理員によくある症状です。

 この冬、ウラジミルさんの病状は更に悪化していました。簡単な計算も間違えるようになり、ひとりでは買い物もできなくなってしまいました。

 ウラジミルさんは、再び脳の専門病院を訪ね、詳しい検査を受けることになりました。
 脳の状態に問題はないのか、MRIという画像診断装置を使って、詳しい検査を受けます。
 その結果、脳に異常が発見されました。前頭葉と呼ばれる脳の前の部分に白い塊があります*神経細胞が死滅した痕です。前頭葉は、計算や思考など想像的な働きを担う中枢です。ウラジミルさんの知的障害の原因は、ここにあるのではないかと医師たちは考えています。脳のさらに深い部分にも、神経細胞が死滅した痕がありました。ウラジミルさんの疲労感や脱力感の原因は、これではないかと診断されました。

(医師) 「検査の結果、ご主人の脳に異常が発見されました。一連の症状がチェルノブイリ事故の後始まったことを考えれば、放射能の影響とみるべきでしょう。放射能が脳の中に入り込み、脳を破壊していったのです。簡単に治せるものではありません。あんな大きな病巣がありながら、大事に至らなかったのが不思議なくらいです。もっと拡大していたら、助からなかったでしょう。気を落とさないでください。」
(タチアナさん) 「大丈夫です。涙を見せたら、夫にショックを与えてしまいます。」

 チェルノブイリの放射能が、十年もの間、ウラジミルさんの脳を少しずつ確実に破壊していたのです。妻のタチアナさんは、診断の結果を夫に告げず、残された身体の機能をできるだけ維持していく生活をしようと決意しました。


投稿者 Peace Philosopher 時刻: 11:30 PM
『Peace Philosophy Centre』(Monday, April 25, 2011)
http://peacephilosophy.blogspot.com/2011/04/blog-post_25.html

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