琉球新報社説 2010年12月19日
大阪地検特捜部の証拠改ざん隠蔽(いんぺい)事件など一連の不祥事の責任を取り、検察トップの大林宏検事総長が年内に辞任する意向を固めた。6月に就任したばかりとはいえ、前代未聞の「権力犯罪」が起きたのだから、けじめをつけるのは当然だ。
問題は誰を後任に据えるかだ。東京高検の笠間治雄検事長を軸に検討が進められているというが、検察の風土にどっぷり漬かった人に、抜本的な改革ができるのか。疑問だ。
現時点で明らかになっている改善策は、東京、大阪、名古屋の各特捜部が捜査する事件に取り調べの一部録音・録画(可視化)を導入することぐらいだ。既に裁判員裁判の対象事件で実施されており、根本的な解決には程遠い。
一部しか可視化しないなら、取調官に誘導されて事実と違う自白を強いられた場合、捜査当局に都合のいい場面だけが録音・録画される恐れもある。かえって冤罪(えんざい)を助長しかねない。
最低限、全面可視化は不可欠だ。特捜部の存廃も真剣に検討しなければならないのに、最高検は存続を前提に動いているようだ。
特捜の役割は「政治・経済の陰に隠れた巨悪を検挙摘発する」ことにある。もちろん、ロッキード事件やリクルート事件を手掛けるなど、特捜検察が社会の浄化に果たした役割の大きさを否定するつもりはない。
だが大物を摘発しなければならないという重圧が焦りを生み、たとえ無実の可能性があっても無理やり有罪にしようと腐心する、あしき「文化」が育(はぐく)まれたのではないか。正義を体現するはずの特捜検察が「権力犯罪の温床」と化したのでは存在意義が疑われても仕方ない。東京、名古屋、大阪の各地検に特捜部を置く必要があるのか。廃止を含め、思い切った組織改革を断行しない限り、不祥事は根絶できない。
今求められるのは対症療法ではなく、根治療法だ。旧来型の人事でトップをすげ替えたところで体質が変わるとは思えない。
事ここに至っては、検察としがらみのない、裁判官や弁護士出身者らを検事総長に任命する選択もある。外部の良識を取り入れ、体制を一新することが大切だ。
組織の在り方に大胆にメスを入れることで、国民から信頼される検察への変革が必要だ。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-171339-storytopic-11.html
大阪地検特捜部の証拠改ざん隠蔽(いんぺい)事件など一連の不祥事の責任を取り、検察トップの大林宏検事総長が年内に辞任する意向を固めた。6月に就任したばかりとはいえ、前代未聞の「権力犯罪」が起きたのだから、けじめをつけるのは当然だ。
問題は誰を後任に据えるかだ。東京高検の笠間治雄検事長を軸に検討が進められているというが、検察の風土にどっぷり漬かった人に、抜本的な改革ができるのか。疑問だ。
現時点で明らかになっている改善策は、東京、大阪、名古屋の各特捜部が捜査する事件に取り調べの一部録音・録画(可視化)を導入することぐらいだ。既に裁判員裁判の対象事件で実施されており、根本的な解決には程遠い。
一部しか可視化しないなら、取調官に誘導されて事実と違う自白を強いられた場合、捜査当局に都合のいい場面だけが録音・録画される恐れもある。かえって冤罪(えんざい)を助長しかねない。
最低限、全面可視化は不可欠だ。特捜部の存廃も真剣に検討しなければならないのに、最高検は存続を前提に動いているようだ。
特捜の役割は「政治・経済の陰に隠れた巨悪を検挙摘発する」ことにある。もちろん、ロッキード事件やリクルート事件を手掛けるなど、特捜検察が社会の浄化に果たした役割の大きさを否定するつもりはない。
だが大物を摘発しなければならないという重圧が焦りを生み、たとえ無実の可能性があっても無理やり有罪にしようと腐心する、あしき「文化」が育(はぐく)まれたのではないか。正義を体現するはずの特捜検察が「権力犯罪の温床」と化したのでは存在意義が疑われても仕方ない。東京、名古屋、大阪の各地検に特捜部を置く必要があるのか。廃止を含め、思い切った組織改革を断行しない限り、不祥事は根絶できない。
今求められるのは対症療法ではなく、根治療法だ。旧来型の人事でトップをすげ替えたところで体質が変わるとは思えない。
事ここに至っては、検察としがらみのない、裁判官や弁護士出身者らを検事総長に任命する選択もある。外部の良識を取り入れ、体制を一新することが大切だ。
組織の在り方に大胆にメスを入れることで、国民から信頼される検察への変革が必要だ。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-171339-storytopic-11.html