国連の「個人通報制度」 なぜ日本は批准しない
◆ 民主 一転、及び腰に
日本の人権水準は、先進諸国の中で決して高いとはいえない。国連機関への個人通報を可能にする選択議定書の批准もいまだに実現していないほどだ。昨年政権を奪取した民主党は、この改善をマニフェストに掲げた。だが一年一ヶ月を経た今、迷走の危機にある。なぜなのか。明日十日は六十二年前に国連で「人権に関する世界宣言」が採択された世界人権デーだ。(佐藤圭、中山洋子)
◆ 12月10日は世界人権デー
柳田稔前法相が更迭された直後の十一月二十五日、参院法務委員会。法相を兼務した仙谷由人官房長官は、個人通報制度について「導入のための体制整備を進めていく」と素っ気なく答弁した。
歴史的な大勝を果たした昨年八月の衆院選で、民主党はマニフェストの人権部門の柱に、取り調べの可視化と並び、個人通報制度の仕組みを定めた「選択議定書」の早期批准をすえた。千葉景子元法相は昨年九月の就任会見で「日本が(人権に)大変積極的だという発信をしていく」と力説していた。当時の熱気とは比べるべくもない。
世界人権宣言の理想を実現するために必要な国連規約の中で一番基本になるのが、市民的・政治的権利を定めた「自由権規約」。この実効性を担保するのが個人通報制度だ。裁判などあらゆる手だてを国内で尽くしても権利が回復されない場合、国連の自由権規約委員会に直接救済を求めることができる。各国で人権が本当に守られているかを世界規模で監視するのが目的だ。
日本は一九七九年に規約本体は批准したが、選択議定書は拒否し続けてきた。自民党政権の歴代法相らは「司法権の独立に問題が生じる恐れがある」との懸念を繰り返し表明してきた。「国連に訴えを起こされると、日本の裁判所に悪影響が及びかねない」というわけだ。
十二月現在で*百十三ヶ国が議定書を批准済み。主要八力国(G8)のうち、個人通報制度を全く利用できないのは日本だけだ。
◆ マニフェストで力説…迷走中
委員会の見解に拘束力はなく、あくまでも*勧告にとどまる。最高裁の判決が取り消されるわけでもない。個人通報制度と日本の司法制度は十分両立するというのが民主党の見方だった。
人権問題に後ろ向きな自民党の姿勢をあぶり出す政治的な狙いもあって、千葉氏らの主導でマニフェストに盛り込まれたわけだ。ところが民主党政権になつても、いまだに具体化する気配はない。
この間にやったことと言えば、自民党政権時代の二〇〇五年に設置した*関係省庁の研究会を三回開いたことと、外務省内に「人権条約履行室」を新設した程度。
今年七月の参院選で落選し、志半ばで法相を退いた千葉氏は「(法務官僚が)司法権の独立の問題で渋ることはなかったが、いろいろと細かい問題を見つけ出そうという傾向はあった。議論は出尽くしている。あとは政治家が決断するしかない」と振り返る。
他のマニフェストと同様、このまま消えてしまうのか。民主党法務部門会議座長で弁護士の辻恵衆院議員は「早期批准に向けて党内の機運を盛り上げたいが、(ねじれ国会で)政治主導を発揮するのは簡単ではない」と語る。
◆ 死刑増加、密室取り調べ“侵害”イエローカード続々
三十年も個人通報制度が使えないまま放置されているのはなぜか。
日本に「人権侵害」がないわけではない。日本政府も、国連に定期的に報告書を提出しているが、審査する自由権規約委員会から細かく“イエローカード”を受けている。
二〇〇八年の審査では、男女共同参画基本計画に基づく取り組みなどが「歓迎」されたが、「懸念」された項目はもっとずっと多い。
女性管理職の少なさやDV(ドメスティックバイオレンス)被害者支援の不十分さに始まり、死刑執行数の増加、死刑確定者の待遇、密室の取り調べ、代用監獄問題、従軍慰安婦問題、外国人研修生の保護に非嫡出子差別の撤廃ーと、具体的な改善を求める勧告が延々続く。
この審査でも個人通報制度の批准を検討すべきだと勧告されている。
◆ 「日本だけ、恥ずかしい」元国連関係者
〇六年まで二十年間、国連の自由権規約委員を務めた安藤仁介・京都大名誉教授は「はっきりした理由もなく、批准していないのは日本だけ。何かを言うような委員はいないが、ずっと恥ずかしい思いをしていた」と振り返る。
安藤氏によると、個人通報は年間数十件から百件ほどで、年三回、ジュネーブ(スイス)で開かれる委員会で審議している。十八人の委員は法律の専門家のほか、警察官や裁判官などの実務家、政治家や元官僚などで構成し、一国一人が原則という。
「途上国などでは政府の広報が少なく、人権意職も熟していないためか、欧州からの通報が多かった」
例えば、一九九〇年代に、オランダの既婚女性たちが、男性と未婚女性のみを対象としている失業保険給付法を通報。委員会で審査し、差別的な要素の改善を求めたところ、オランダ政府は直ちに法改正を行い、過去にさかのぼって賠償さえしたという。「オランダでは人権侵害を恥じる世論の後押しがあった」と指摘する。
◆ 人権意識自信ない?
翻って、日本では個人通報制度さえ実現していない理由について、安藤氏は「法務省と検察当局の人権侵害に対する自信のなさからではないか。いつまでも取り調べの可視化が進まないのも、同じ理由としか思えない」とみる。
国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」東京代表の土井香苗弁護士も、人権侵害の審査に、アレルギーのようなものがあるかもしれない。欧州では人権裁判所も設けていて、国連の審査はずっとマイルドなものと認識されている」と指摘する。
日弁連国際人権問題委員会の東沢靖委員長も「かつては司法の独立を理由に挙げる自民党と、「法的拘束力がないので司法権の独立を侵さない」とする人権機関と議論がかみあっていなかった。民主党政権も当初は積極的だったが、政府の方針が見えない。議員に十分に知られておらず、議論も優先されていない」と説明する。
もちろん個人通報制度は、人権救済の万能薬ではない。東沢弁護士は「人権の実現には複数の手だてがある方がずっといい。裁判所の判決だけではなく、法律を作ったり、行政の運用を変えることで救済できることもある」と指摘。その上で、個人通報制度のメリットについて「別の見方が示されることで、行政や立法機関が将来の事件を考えるきっかけになる。より豊かな社会につながります」と強調した。
【デスクメモ】
検察の腐敗ぷりに、ブレーキを持たない「絶対権力」の恐ろしさを痛感させられた。本来は自浄能力に期待したいところだが、なお「全面可視化」に抵抗する姿勢を見れば、あきれるしかない。だからこそ世界の監視の目は必要なのだ。民主党には、財源を心配せずにできることが幾らも残っている。(充)
『東京新聞』(2010/12/9【こちら特報部】)
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東京都の「藤田先生を応援する会有志」による、民主主義を守るためのHP≫
◆ 民主 一転、及び腰に
日本の人権水準は、先進諸国の中で決して高いとはいえない。国連機関への個人通報を可能にする選択議定書の批准もいまだに実現していないほどだ。昨年政権を奪取した民主党は、この改善をマニフェストに掲げた。だが一年一ヶ月を経た今、迷走の危機にある。なぜなのか。明日十日は六十二年前に国連で「人権に関する世界宣言」が採択された世界人権デーだ。(佐藤圭、中山洋子)
◆ 12月10日は世界人権デー
柳田稔前法相が更迭された直後の十一月二十五日、参院法務委員会。法相を兼務した仙谷由人官房長官は、個人通報制度について「導入のための体制整備を進めていく」と素っ気なく答弁した。
歴史的な大勝を果たした昨年八月の衆院選で、民主党はマニフェストの人権部門の柱に、取り調べの可視化と並び、個人通報制度の仕組みを定めた「選択議定書」の早期批准をすえた。千葉景子元法相は昨年九月の就任会見で「日本が(人権に)大変積極的だという発信をしていく」と力説していた。当時の熱気とは比べるべくもない。
世界人権宣言の理想を実現するために必要な国連規約の中で一番基本になるのが、市民的・政治的権利を定めた「自由権規約」。この実効性を担保するのが個人通報制度だ。裁判などあらゆる手だてを国内で尽くしても権利が回復されない場合、国連の自由権規約委員会に直接救済を求めることができる。各国で人権が本当に守られているかを世界規模で監視するのが目的だ。
日本は一九七九年に規約本体は批准したが、選択議定書は拒否し続けてきた。自民党政権の歴代法相らは「司法権の独立に問題が生じる恐れがある」との懸念を繰り返し表明してきた。「国連に訴えを起こされると、日本の裁判所に悪影響が及びかねない」というわけだ。
十二月現在で*百十三ヶ国が議定書を批准済み。主要八力国(G8)のうち、個人通報制度を全く利用できないのは日本だけだ。
◆ マニフェストで力説…迷走中
委員会の見解に拘束力はなく、あくまでも*勧告にとどまる。最高裁の判決が取り消されるわけでもない。個人通報制度と日本の司法制度は十分両立するというのが民主党の見方だった。
人権問題に後ろ向きな自民党の姿勢をあぶり出す政治的な狙いもあって、千葉氏らの主導でマニフェストに盛り込まれたわけだ。ところが民主党政権になつても、いまだに具体化する気配はない。
この間にやったことと言えば、自民党政権時代の二〇〇五年に設置した*関係省庁の研究会を三回開いたことと、外務省内に「人権条約履行室」を新設した程度。
今年七月の参院選で落選し、志半ばで法相を退いた千葉氏は「(法務官僚が)司法権の独立の問題で渋ることはなかったが、いろいろと細かい問題を見つけ出そうという傾向はあった。議論は出尽くしている。あとは政治家が決断するしかない」と振り返る。
他のマニフェストと同様、このまま消えてしまうのか。民主党法務部門会議座長で弁護士の辻恵衆院議員は「早期批准に向けて党内の機運を盛り上げたいが、(ねじれ国会で)政治主導を発揮するのは簡単ではない」と語る。
◆ 死刑増加、密室取り調べ“侵害”イエローカード続々
三十年も個人通報制度が使えないまま放置されているのはなぜか。
日本に「人権侵害」がないわけではない。日本政府も、国連に定期的に報告書を提出しているが、審査する自由権規約委員会から細かく“イエローカード”を受けている。
二〇〇八年の審査では、男女共同参画基本計画に基づく取り組みなどが「歓迎」されたが、「懸念」された項目はもっとずっと多い。
女性管理職の少なさやDV(ドメスティックバイオレンス)被害者支援の不十分さに始まり、死刑執行数の増加、死刑確定者の待遇、密室の取り調べ、代用監獄問題、従軍慰安婦問題、外国人研修生の保護に非嫡出子差別の撤廃ーと、具体的な改善を求める勧告が延々続く。
この審査でも個人通報制度の批准を検討すべきだと勧告されている。
◆ 「日本だけ、恥ずかしい」元国連関係者
〇六年まで二十年間、国連の自由権規約委員を務めた安藤仁介・京都大名誉教授は「はっきりした理由もなく、批准していないのは日本だけ。何かを言うような委員はいないが、ずっと恥ずかしい思いをしていた」と振り返る。
安藤氏によると、個人通報は年間数十件から百件ほどで、年三回、ジュネーブ(スイス)で開かれる委員会で審議している。十八人の委員は法律の専門家のほか、警察官や裁判官などの実務家、政治家や元官僚などで構成し、一国一人が原則という。
「途上国などでは政府の広報が少なく、人権意職も熟していないためか、欧州からの通報が多かった」
例えば、一九九〇年代に、オランダの既婚女性たちが、男性と未婚女性のみを対象としている失業保険給付法を通報。委員会で審査し、差別的な要素の改善を求めたところ、オランダ政府は直ちに法改正を行い、過去にさかのぼって賠償さえしたという。「オランダでは人権侵害を恥じる世論の後押しがあった」と指摘する。
◆ 人権意識自信ない?
翻って、日本では個人通報制度さえ実現していない理由について、安藤氏は「法務省と検察当局の人権侵害に対する自信のなさからではないか。いつまでも取り調べの可視化が進まないのも、同じ理由としか思えない」とみる。
国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」東京代表の土井香苗弁護士も、人権侵害の審査に、アレルギーのようなものがあるかもしれない。欧州では人権裁判所も設けていて、国連の審査はずっとマイルドなものと認識されている」と指摘する。
日弁連国際人権問題委員会の東沢靖委員長も「かつては司法の独立を理由に挙げる自民党と、「法的拘束力がないので司法権の独立を侵さない」とする人権機関と議論がかみあっていなかった。民主党政権も当初は積極的だったが、政府の方針が見えない。議員に十分に知られておらず、議論も優先されていない」と説明する。
もちろん個人通報制度は、人権救済の万能薬ではない。東沢弁護士は「人権の実現には複数の手だてがある方がずっといい。裁判所の判決だけではなく、法律を作ったり、行政の運用を変えることで救済できることもある」と指摘。その上で、個人通報制度のメリットについて「別の見方が示されることで、行政や立法機関が将来の事件を考えるきっかけになる。より豊かな社会につながります」と強調した。
【デスクメモ】
検察の腐敗ぷりに、ブレーキを持たない「絶対権力」の恐ろしさを痛感させられた。本来は自浄能力に期待したいところだが、なお「全面可視化」に抵抗する姿勢を見れば、あきれるしかない。だからこそ世界の監視の目は必要なのだ。民主党には、財源を心配せずにできることが幾らも残っている。(充)
『東京新聞』(2010/12/9【こちら特報部】)
≪パワー・トゥ・ザ・ピープル!!
今、教育が民主主義が危ない!!
東京都の「藤田先生を応援する会有志」による、民主主義を守るためのHP≫