「報告ミニ集会」 《撮影:平田 泉》
最高裁判所第一小法廷殿
2010年11月24日
「再雇用拒否撤回第二次原告団」村山健一郎
要 請 書
私たち25人は,入学式や卒業式の君が代強制の際,約40秒間着席していただけで,都教委によって,退職後の再雇用または再任用を拒否され,あるいは合格の取り消しをされました。
理由は,違憲・違法と思われる職務命令に反して君が代斉唱時に起立しなかったことだけでした。教員としての経験,姿勢,能力などは一切考慮されなかったのです。
都教委は2003年にいわゆる「10.23通達」を校長に発出しました。校長はこの通達に基づいて,卒業式や入学式等の式典で教職員に日の丸掲揚・君が代斉唱を強制し,画一的な内容の式典を押しつける職務命令を出しました。国旗・国歌法が1999年に制定されたとはいえ,日の丸・君が代には、その歴史的な役割から今なお違和感を覚える人たちや,国旗・国歌に信仰上,あるいはさまざまな理由で敬意を表せない人たちがいます。
それは生徒・保護者も同様です。
私たちは最後まで悩みましたが,自分たちの思想・信条・信仰のため,あるいはまた生徒の立場を守るため,あるいは都教委の教育への不当な介入に抵抗するために,君が代斉唱時に起立することはできませんでした。私たちの行為を支えているのは,私たち自身の思いと憲法の規定です。
すでに,不起立教員に対する処分発令は2004年から始まり,のべ430人以上の都内公立学校の教員が処分を受け,関連訴訟が20件以上も教員側から提起されています。2010年11月現在,最高裁には都立高校関係だけで3件が係属し,うち2件の損害賠償請求事件(嘱託採用拒否撤回裁判)と地位確認請求事件(『君が代』解雇裁判)は,私たちと共通点を持っ訴訟です。そして上記2訴訟を提起した人たちは,これまでに2度の要請を貴裁判所に対して行っております。それは,都教委の通達や校長の職務命令が,民主主義や基本的人権といった点で憲法に違反しているとの危惧の念を抱いていることを,最高裁に是非とも分かっていただきたいからです。
退職後の再雇用・再任用の拒否と合格取り消しは,生活面と仕事を通じた生きがいとの両面において非常に大きな打撃でした。給与が一銭も入ってこない,また教員としての仕事が出来ないからです。これは最高裁に係属している嘱託採用拒否撤回裁判,「君が代」解雇裁判の人たちも同様です。
私たちは退職後の生活に再雇用・再任用の道があることで,経済的にも,また仕事についても期待を抱いていました。この期待は,都教委の再雇用・再任用拒否,合格取り消しで完全に打ち砕かれました。私たちは,在職中,すでに再雇用・再任用されている多くの教員達と同じように努力,創意工夫,熱意等を持って長く仕事をしてきました。そうしたことを全く考慮せずに,職務命令違反の不起立のみを考慮した都教委は,教員に対して「教育」の視点を持たずに,「命令に服従」の視点しか持たないということになります。これで民主的な教育の条件整備が出来るでしょうか。
最高裁の人権に関する判決について,多くの学者・文化人を初め人権団体や国民が,ときに懸念を抱くことがあります。私たちは日々の授業の場で,裁判所は人権保障の機関であり,特に最高裁判所は「憲法の番人」であって,民主主義にとってきわめて重要な存在であると生徒たちに語っています。また国旗・国歌の強制は,いわゆる欧米先進国で見られないことと聞いています。最高裁判所は私たちの訴えに十分耳を傾けていただき,「憲法の番人」として民主主義と人権保障について後世の人々や国際社会から,十分評価されるような判断をして下さるよう心から願い申し上げます。
最高裁判所第一小法廷殿
2010年11月24日
「再雇用拒否撤回第二次原告団」村山健一郎
要 請 書
私たち25人は,入学式や卒業式の君が代強制の際,約40秒間着席していただけで,都教委によって,退職後の再雇用または再任用を拒否され,あるいは合格の取り消しをされました。
理由は,違憲・違法と思われる職務命令に反して君が代斉唱時に起立しなかったことだけでした。教員としての経験,姿勢,能力などは一切考慮されなかったのです。
都教委は2003年にいわゆる「10.23通達」を校長に発出しました。校長はこの通達に基づいて,卒業式や入学式等の式典で教職員に日の丸掲揚・君が代斉唱を強制し,画一的な内容の式典を押しつける職務命令を出しました。国旗・国歌法が1999年に制定されたとはいえ,日の丸・君が代には、その歴史的な役割から今なお違和感を覚える人たちや,国旗・国歌に信仰上,あるいはさまざまな理由で敬意を表せない人たちがいます。
それは生徒・保護者も同様です。
私たちは最後まで悩みましたが,自分たちの思想・信条・信仰のため,あるいはまた生徒の立場を守るため,あるいは都教委の教育への不当な介入に抵抗するために,君が代斉唱時に起立することはできませんでした。私たちの行為を支えているのは,私たち自身の思いと憲法の規定です。
すでに,不起立教員に対する処分発令は2004年から始まり,のべ430人以上の都内公立学校の教員が処分を受け,関連訴訟が20件以上も教員側から提起されています。2010年11月現在,最高裁には都立高校関係だけで3件が係属し,うち2件の損害賠償請求事件(嘱託採用拒否撤回裁判)と地位確認請求事件(『君が代』解雇裁判)は,私たちと共通点を持っ訴訟です。そして上記2訴訟を提起した人たちは,これまでに2度の要請を貴裁判所に対して行っております。それは,都教委の通達や校長の職務命令が,民主主義や基本的人権といった点で憲法に違反しているとの危惧の念を抱いていることを,最高裁に是非とも分かっていただきたいからです。
退職後の再雇用・再任用の拒否と合格取り消しは,生活面と仕事を通じた生きがいとの両面において非常に大きな打撃でした。給与が一銭も入ってこない,また教員としての仕事が出来ないからです。これは最高裁に係属している嘱託採用拒否撤回裁判,「君が代」解雇裁判の人たちも同様です。
私たちは退職後の生活に再雇用・再任用の道があることで,経済的にも,また仕事についても期待を抱いていました。この期待は,都教委の再雇用・再任用拒否,合格取り消しで完全に打ち砕かれました。私たちは,在職中,すでに再雇用・再任用されている多くの教員達と同じように努力,創意工夫,熱意等を持って長く仕事をしてきました。そうしたことを全く考慮せずに,職務命令違反の不起立のみを考慮した都教委は,教員に対して「教育」の視点を持たずに,「命令に服従」の視点しか持たないということになります。これで民主的な教育の条件整備が出来るでしょうか。
最高裁の人権に関する判決について,多くの学者・文化人を初め人権団体や国民が,ときに懸念を抱くことがあります。私たちは日々の授業の場で,裁判所は人権保障の機関であり,特に最高裁判所は「憲法の番人」であって,民主主義にとってきわめて重要な存在であると生徒たちに語っています。また国旗・国歌の強制は,いわゆる欧米先進国で見られないことと聞いています。最高裁判所は私たちの訴えに十分耳を傾けていただき,「憲法の番人」として民主主義と人権保障について後世の人々や国際社会から,十分評価されるような判断をして下さるよう心から願い申し上げます。