「要塞のような最高裁の建物」 《撮影:平田 泉》

 最高裁判所・裁判官殿

■私は、嘱託採用拒否撤回裁判原告の立川秀円といいます。
 これまでの裁判の過程で、校長の評定がたとえオールAでも君が代斉唱時の不起立一回だけで採用拒否になるんだ、と教育委員会側も認めました。
 私が、国歌斉唱時こ立てなかった最大の理由は、10.23通達とそれに基づく校長の職務命令は、教育内容に対する行政による不当な介入・支配であると考えたからす。「教育の自主性・教育の自由」は、日本国憲法と教育基本法に基づくもっとも重要な戦後教育の原則だと思います。

■1999年に国旗・国歌法が制定されました。
 法案の提案過程で尊重義務をおくかどうかが問題になり、結局、尊重義務等を書いた第3条が削除されたという経過がありました。それは、憲法19条が保障する国民の思想や良心の自由の侵害が起こることが危惧されたからだと思います。そして、当時、国会答弁でも国民に義務付けるものではないということが述べられました。
 ところが、東京都教育委員会は、政府答弁が間違っていると強弁して、約260校あるすべての都立学校で校長に職務命令を出させました。


 全ての教職員が命令に従って、いっせいに起立し国歌を斉唱するという雰囲気の中で、「君が代」斉唱に疑問をもつ生徒や保護者が自分の考えを表明できるでしょうか。
 生徒の中には、自らの信仰や国籍などにより君が代を歌うことに違和感をもつものがいました。

■私は社会科の教師を36年間やってきました。
 授業の中で、社会にはいろいろな考え方があり、そういうことを知ったうえで、自分の考え方を深めていくことが大切だということを言ってきました。班ごとの自由な討論なども時に行ってきました。
 現在使用されているある高校の政治経済の教科書には次のように書かれています。
 「憲法第26条は、全ての国民にその熊力に応じてひとしく教育を受ける権利を保障する。この権利は、生存権を文化的な側面から保障するものであり、その背後には、人は教育を受け学習して成長・発達していく固有の権利(学習権)を有する、という理念があるとされている。」
 そして、この考え方は国連総会で採択され日本も1994年に批准した「子どもの権利条約」の考え方に通じるとも書かれています。
 日の丸や君が代は過去にどんな歴史をもっているのか、戦後の歴史の中でどんな問題が起き、それについてどのような考え方があるのか、などの事実・真実を学ぷ権利は生徒たちにあります。

■10.23通達直後に、私の勤務していた都立杉並高等学校で創立50周年記念式典が行われました。
 その数日前に、全日制の生徒会は国旗・国歌についての討論会を行いました。
 ところが、そのことが教育委員会で問題にされ、その討論会に参加した12名の教員全員に対して聞き取り調査が行われ、どんなことを発言したのか聞かれました。
 その上で、*校長、教頭と生徒会顧問に対して「厳重注意」という処罰が行われました。こうした中で、やむなく2回目の討論会は中止せざるをえなかったのです。
 10.23通達以後は、卒業式等の前にそれまで行われていた内心の自由について話すことは禁止されました。都立学校には憲法上の権利が保障されていないといわざるをえません。
 また、子どもの権利条約や国連の自由権規約、ILOの教師の地位に関する勧告などの精神が全く生かされていません。
 高校生たちには自由な雰囲気のもとで真理・真実を探究する権利が保障されなければなりません。生徒の人権を保障し、教師の専門職としての高い地位と権限を保障して自由で創造的な教育が行えるような都立高校に取りもどしたいと思います。
 最高裁にあっては、大法廷を開き、本事件について真剣な審理をしていただくことを切に願うものです。
 2010年11月24日

 1985年に採択されたユネスコの学習権宣言では、次のように述べています。
 「学習権とは、説み書きの権利であり、問い続け、深く考える権利であり、想像し、創造する権利であり、自分自身の世界を読みとり、歴史をつづる権利であり、あらゆる教育の手だてを得る権利であり、個人的・集団的力低を発揮させる権利である。」


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