◎ こころの問題

鎌田慧(ルポライター)

 不意に処刑されたふたりの死刑囚は、まさかと思ったにちがいない。法務大臣が死刑廃止論者だったから、すこし息をついていたはずだ。死刑廃止論者が法務大臣になった以上、執行命令をだすことになろうとは誰も考えない。
 彼女が申し訳のように処刑場にやってきたからといって、慰めにもならない。そんなことをするくらいなら、自分の思想を大事にしてほしい、と叫びたかったであろう。

 おなじ弁護士出身、フランスの法務大臣ロペール・パダンテールは一九八一年(つい最近のことだ)、死刑賛成63%の世論に抗して、「無益で、残酷で下劣な刑罰」である死刑を廃止する法案を立案し、国会で奮闘、ついに百六十対百二十六で可決させ、歴史に名を留めた。
 その二十年後、「ヨーロッパ人権規約」の補則として、EUの全加盟国で死刑を禁じる国際条約が締結された。人権派といわれた日本の法相は、先刻承知のはずだ。

 彼女は「処刑は職責」などと仰っているが、パダンテールのように、自分の思想にこだわって理想を追求する道もある。大臣は官僚の使い走りではあるまい。
 信念や哲学よりも現実政治、という物わかりのいい政治家がますますふえそうだ。
 せっかく政権交代したのにそのちがいは曖昧模糊、大連立の安定政権を目指すのだろうか。

 『東京新聞』(2010/8/3【本音のコラム】)