近年、市場調査の現場において、セカンダリデータ(既存データ)の重要性はますます高まっている。この背景には、デジタル化の加速、市場のグローバル化、そしてビジネス環境の複雑化が挙げられる。従来の市場調査は、一次データ(独自に収集した新規データ)を重視してきたが、2025年現在では、テクノロジーによって膨大なデータが容易にアクセスできるようになったことで、企業やリサーチャーがセカンダリデータに目を向ける機会が格段に増えている。
「データドリブン経営が標準になる中で、迅速な意思決定や市場の変化を正確に捉えるためには、既存の情報を最大限に活用することが不可欠です。」──これは経営学者であり、Digital Research Institute主任研究員の佐藤尚子氏の意見である。セカンダリデータは、過去のマーケットレポート、公的統計、業界団体の発表データ、報道、学術論文、消費者レビュー、さらにはSNSまで、多様なソースから集められる。
2025年現在、IDCやStatistaなどの国際的な調査会社は、セカンダリデータの活用が企業の競争力向上に直結すると発表している。例えば、グローバル展開するメーカーは、まず各国の消費者動向や規制状況を既存データで把握し、市場参入戦略や製品開発の方向性を柔軟に調整している。
セカンダリデータ活用の最大の利点は、コストと時間の大幅な削減である。一次調査では、ターゲット層の選定、調査設計、データ収集、分析…と多大な労力とコストがかかる。特にグローバル市場やニッチ市場の調査では、これらの負担が経営を圧迫する。「既存データをうまく利用することで、最小限のリソースで最大限のインサイトを得ることができる。これは、スタートアップや中小企業にとっても大きなチャンスです」と、野村総合研究所主任アナリストの木村雅彦氏は指摘する。
さらに、セカンダリデータは、マクロな市場トレンドの可視化に優れる。国際貿易センターによる2025年の年次報告では、中東・アフリカ地域でのスマートフォン市場の急成長や、欧州でのグリーンエネルギー関連投資の拡大など、グローバルな産業変化が具体的な数値で示されている。こうしたミクロ・マクロ両面の視点を得る上でも、既存データは不可欠な道具となっている。
市場調査のトレンドとして、2025年は「データの複合活用」と「リアルタイム性」が主軸となりつつある。つまり、複数のセカンダリデータソースを組み合わせ、AIやビッグデータ解析ツールで高速に処理。そこから得られた知見をいかに現場の意思決定や商品開発、マーケティングに素早く転化できるかが勝負となる。PwCの市場調査部門が発表した「2025年市場リサーチ業界展望」では、「セカンダリデータのリアルタイム利用が、価格戦略、在庫管理、顧客獲得率など、さまざまなKPIに影響を与えている」と明記されている。
たとえば、小売業ではPOSデータやECプラットフォームのアクセスログ、SNSでの消費者発言をセカンダリデータとして分析し、今週売れる商品を予測、仕入れやプロモーションを最適化するといった実践例も多数見られる。これにより、在庫回転率の向上や、機会損失の減少につながっている。
また、セカンダリデータはイノベーションの源泉にもなっている。「他業種の動向や国際市場のベストプラクティスが容易に参照できるようになったことで、新規事業や製品開発のスピードは飛躍的に向上した」と、富士通総研の市場戦略担当ディレクター田中洋一氏は述べている。特にヘルスケア、フィンテック、サブスクリプションビジネスなど成長分野では、過去事例の横断的な調査・分析をもとに、新たな競争優位性を創出する動きが加速している。
このような背景のもと、AIによる自動データ抽出・解析ツールも相次いで登場している。米国発の「DataStar」「Synapse」などは、各種データベースやネット公開資料から必要な情報を自動抽出・可視化し、分析レポートまで生成する。これにより、セカンダリデータの収集から分析まで一貫して効率化。今後はデータサイエンティストや市場調査担当者だけでなく、営業や経営層までもが容易にデータ活用できる環境が整いつつある。
セカンダリデータの活用範囲は、消費者トレンドの把握、市場の成長余地の推定、競合分析、事業リスク評価など、多岐にわたる。実際、グローバルトップコンサルティングファームのBain & Companyは、「事業戦略立案時の7割の調査はセカンダリデータベースで可能」というレポートを2024年に発表している。現実問題として、一次調査が不可能なケース、例えば緊急の環境変化下やグローバルパンデミック時などにおいては、セカンダリデータの柔軟な活用が事業継続性のカギを握る。
また、一次調査と組み合わせることで、調査設計の精度が飛躍的に高まる点も見逃せない。セカンダリデータによって事前に市場の全体像や主要プレイヤー、既存の顧客ニーズを把握しておくことで、アンケートやインタビューの設問最適化、ターゲット選定の妥当性検証などが可能となる。調査の抜け漏れやバイアスリスクも軽減され、最終的にはより信頼性の高い洞察を導き出せる。
加えて、ESG(環境・社会・ガバナンス)やサステナビリティ、DEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)に関する市場分析が重要視される中、各種国際機関や政府、NGOが公開するCSRレポートやカーボンフットプリントデータなど、外部のセカンダリ情報が企業評価や投資判断の基準として活用されている。たとえばMoody’sやSustainalyticsなどのESGレーティング機関は、膨大な外部公開データを解析し、企業への投資リスクや成長性を評価するサービスを強化している。
2025年現在、市場調査業界は「データの民主化」という新しいトレンドを迎えている。中小企業や個人事業主でも、官公庁や業界団体のウェブサイト、専門調査会社のサブスクリプションサービス、オープンデータプラットフォーム(ex. 日本のRESAS、米国のdata.gov)などを介して、安価かつ迅速に有用なセカンダリ情報へアクセスできるようになった。これにより「情報格差」が縮小し、業界問わずイノベーションの点火材となっている。
セカンダリデータ市場自体も活況を呈している。矢野経済研究所が2024年末に発表した「国内セカンダリデータ市場調査」によると、日本国内における市場規模は年間2,200億円を突破し、前年比17%増と急拡大している。特に成長が著しいのが、「業界特化型データ」「リアルタイムデータ」「AI解析付加データ」のカテゴリーだ。たとえば「日経POSデータ」「ITmediaリサーチ」など、消費者購買や企業IT投資情報などの分野では、きめ細かいテーマ設定とリアルタイム性への需要が拡大している。
海外では、米国のNielsenIQやEuromonitor、英国のMintelなど世界大手調査会社が、従来の年次・半年次レポートだけでなく、オンラインダッシュボードによる「即時検索・即時分析型」サービスを強化。ユーザーは必要な情報をクリック一つで取得し、独自の指標や期間でデータをカスタマイズできる。これは、グローバル企業のマーケティング担当者や戦略部門が、柔軟かつ頻繁に知見をアップデートするのに欠かせない仕組みとなっている。
一方で、セカンダリデータ活用の課題や注意点も、改めてクローズアップされている。「データの目的外利用」「出所や正確性の担保」「情報の陳腐化やバイアス」「著作権やプライバシーの遵守」など、情報リテラシーや法規制対応が求められる場面が増えている。リサーチャーの伊藤弘樹氏(日本マーケティング協会理事)は、「安易なデータ利用は逆効果にもなり得る。出所を明記し、複数ソースで裏付けをとること。加えて、AIによる自動分析結果も過信せず、人間が最終的な評価・解釈を行うことが大切」と指摘する。
最近では、データブローカーやプラットフォーム提供会社同士による「データ連携」「共同ライブラリ化」の動きも活発化している。「API連携による他社サービスとのシームレスな統合は、多様な業界で新たな収益機会をもたらしている」と、Webマーケティング戦略家の松本哲也氏は語る。実際、金融・保険・不動産・小売など各分野で、外部データを組み合わせた新規サービス・商品開発が続々と登場している。
また、消費者目線でのデータ活用も拡大している。ある調査によれば、生活者の54%が「商品のクチコミや業界レポート、口コミサイトの最新トレンドを参考にして購買意思を決定する」と答えている。こうしたデータは企業側もマーケティングやリスク検知に活用しており、データの双方向性・透明性が市場全体の公平性や成長性を後押ししているといえる。
調査・分析の現場においては、「ダッシュボード型モニタリング」「AI駆動の異常検知」「パターン分析・予測モデリング」など、セカンダリデータを核とした新たな手法が次々と実践されている。特にグローバル市場や動きの早い分野では、クイックサーチ型データ利用がスタンダードとなり、従来の“厚い調査報告書”から“目的別の即時インサイト”へと、市場調査のスタイル自体が劇的に変貌している。
さらに今後は、IoT機器やウェアラブルデバイスなど、リアルタイムで取得されるセンサーデータのオープン化・連携が進むと見られている。「2025-2027年にかけて、ヘルスケア・物流・スマートシティ領域では、センサーデータと伝統的な市場データの融合が新たなビジネス価値を生み出す」と、NRIデータイノベーションセンターの最新レポートでも指摘されている。
最後に、セカンダリデータの社会的意義についても触れておきたい。災害発生時やパンデミックのような危機的状況下では、公的統計や既存の調査データをもとにリアルタイムで状況把握・仮説立案を行い、適切な経済・産業政策、消費者支援策を展開するための基礎資料となる。また、各種CSRや社会貢献活動においても、定量的な指標として活用される場面が増えている。