エア・インディペンデント・プロパルジョン(AIP:Air Independent Propulsion)は、従来のディーゼルエンジン搭載型潜水艦の最大の弱点であった、水上へ浮上しての酸素補給(シュノーケリング)が不要になる技術として、近年急速に市場拡大が続いている。2025年現在、AIP市場は世界の軍需産業、とりわけアジア太平洋地域で著しい成長を遂げており、今後の潜水艦技術および戦略環境を大きく変える要素として注目されている。
まず、AIP技術の基礎を簡単に振り返ると、これは外部からの空気補給なしに潜水艦が動力を得る方式であり、大きく分けて、「スターリングエンジン方式」、「燃料電池方式」、「クローズドサイクルディーゼル(CCD)方式」などが存在する。各方式にはそれぞれ特長があり、スターリングエンジンはスウェーデン、燃料電池はドイツ、日本、中国が得意としている。
市場調査会社MarketsandMarketsの2024年末発表によると、世界AIP搭載潜水艦市場は2025年には約65億ドルに到達すると予測されている。また2029年までのCAGR(年平均成長率)は8.2%とされており、軍事投資の拡大、技術進歩、既存潜水艦の近代化需要に後押しされている。
特に、既存のディーゼル潜水艦からAIP搭載型潜水艦へのリプレースが各国で顕著になっている。従来のディーゼルエンジン潜水艦は、水中航行時間に強い制約があり、平均2~3日ごとの浮上が必要だったが、AIP技術の導入により、最大30日間程度の連続潜航が可能となった。これにより、水上艦に近い長期間の作戦能力と隠密性能を同時に実現、価格面でも原子力潜水艦(SSN)より遥かに低廉であることが、海軍力の近代化に躍起な国を中心に支持を集める理由となっている。
アジア太平洋地域では、日本、中国、韓国、インドがAIP搭載潜水艦の主導的プレイヤーである。特に中国は、既に数十隻単位のAIP潜水艦(元級など)を配備済みであり、周辺諸国への影響も大きい。2024年のシンガポール・シャングリラダイアローグでは、アメリカ国防総省海軍戦略担当のJohn Richardson提督が「中国のAIP潜水艦の大規模配備は、西太平洋全体の水中バランスを根本から変える要因」と警戒感を示した。
一方、日本は海上自衛隊のそうりゅう型及びたいげい型潜水艦に世界最先端のリチウムイオンバッテリー及びAIPシステムを搭載し、持続的な作戦能力と隠密性を両立。Janes Defence紙のアナリストS. Tokunaga氏は「日本独自のバッテリーと燃料電池の組み合わせは、技術的優位を維持しつつコスト制御にも成功している」とし、アジア太平洋市場での競争力の高さを強調する。
インドにおいては、Scorpène級潜水艦のAIP改修プロジェクトが国家的重点プログラムに位置付けられている。2025年、インド国防省は「Make in India」政策の下、国産燃料電池の開発を推進しており、技術移転と地場産業の成長を同時に狙う。ロンドンのRoyal United Services Institute(RUSI)による最新リポートでは、「AIP技術は今後10年間でASEAN各国海軍予算の20%を占める戦略的主要装備となる」と予測されている。
欧州では、ドイツのティッセンクルップ・マリンシステムズ(TKMS)がType 212型およびType 214型に燃料電池AIPを搭載し、グローバル・マーケットリーダーの地位を維持中だ。TKMS担当者は2024年のEuronavalで「燃料電池AIPの実戦配備実績と、保守・アップグレードの柔軟性が国際契約で評価されている」としている。2025年にはノルウェーやイタリアとの新規共同開発案件も進行中だ。
北米市場については原子力潜水艦(SSN)が主流であるものの、南米ブラジル、アルゼンチンなどでAIP導入計画が本格化しつつある。特にブラジル海軍は自国製潜水艦へのAIP搭載を推進し、外部ベンダーからの提案獲得に積極的だ。Jane’sによれば「コスト効率と技術的柔軟性から、AIPは中進国の潜水艦戦力拡充に最適解」であり、中規模海軍を中心に導入機運が高まっている。
このようなグローバルトレンドに加え、技術進化の速度も市場拡大を強く後押ししている。近年のAIPシステムは小型化・高出力化・高効率化が進んでおり、特に燃料電池型は従来型スターリングエンジンよりメンテナンス回数が少なく、長寿命・静音性の高さという優位性も有する。2025年時点で主流となっているのは、酸素と水素によるPEM(プロトン交換膜)燃料電池搭載型だが、今後はSOFC(固体酸化物形燃料電池)など、新たな方式の商用化も視野に入っている。
マーケットサプライチェーンにも大きな変化が見えている。従来、軍需向けAIP搭載の主部品は一部大手サプライヤーに集中していたが、2024年以降、脱炭素政策や燃料電池技術の民生転用(自動車や定置型電源等)とあいまって、新規参入が世界的に増えている。韓国のHD現代重工業や、インドのL&T(Larsen & Toubro)は独自AIPモジュールを開発し、市場シェア拡大を図っているほか、オーストラリアやカナダをはじめとした新興国でも研究開発投資が増加している。
一方で、AIP導入拡大は潜水艦発見技術(ASW:対潜水艦戦)や監視システムの進化も促している。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は「長期間のステルス航行が可能になったAIP潜水艦は、新型ソナーや人工知能(AI)によるパターン検出システムの急速な進歩を牽引する」と指摘。加えて、量子通信や無人水中ドローンの実用化により、AIP潜水艦の優位性をやや減退させる技術も期待されている。
2025年現在、AIP市場の主要なトレンドとしては、「1. 多方式AIPの並行導入」「2. モジュール設計による小型船への適用拡大」「3. 既存潜水艦隊のAIPレトロフィット需要」「4. シミュレーション・デジタルツインを活用した開発迅速化」「5. 民需技術とのクロスオーバー」が挙げられる。たとえば、中国上海交通大学の周教授は「AIPの小型化・標準化が進めば、従来は大型潜水艦専用だった技術が、哨戒艇や無人水中ビークルにも応用可能となる」と語る。
潜水艦建造コストの観点でも、AIPの導入は新たな標準となりつつある。三菱重工業の関係者は「従来型ディーゼル潜水艦の建造コストより30~40%高価だが、運用コストや生涯費用まで含めれば原子力型レベルの抑制が可能」と説明。さらに今後は次世代バッテリー(全固体電池など)の商用化が進み、AIPと組み合わせることで環境性能や安全性向上にも期待できる。
AIP市場の成長シナリオに影響を与える外部要因としては、世界的な地政学リスクの拡大が最大要素である。2025年のウクライナ危機、中東緊張、東アジアの安全保障環境悪化など、不確実性の増大が各国の「非対称戦力」としての潜水艦投資を後押ししている。特に、アメリカ・中国・ロシア・インドといった大国に加え、インドネシア、トルコ、エジプト、ブラジル、イスラエルなど準大国クラスの海軍も、AIP搭載潜水艦調達に関心を強め、今後10年間の受注合戦が国際政治と連動することが予想される。
また、AIP技術の拡散は軍需バリューチェーン全体へも波及している。例えば燃料電池型AIPに不可欠な高純度水素供給や、先進的な排気・吸気システム、ノイズ制御機構などは民需転用しやすく、新たな事業領域が創出されている。エアバスのシニアマネージャー、Pierre Dupuis氏は「AIP技術は航空機や自動車向け燃料電池の性能向上にも寄与し、今後は防衛と市民インフラ双方の架け橋となるだろう」と言及している。
今後の市場成長に関連し、複合的な課題と機会も浮上している。AIP潜水艦は原子力潜水艦に比べ現状で依然として航続距離や速度で劣るが、周辺海域の防衛・コーストガード用途・限定的な戦力投射という使い方であればコストパフォーマンスが高い。特に中国やインド、日本、韓国などは、西太平洋やインド洋の島嶼部、接近阻止戦略(A2AD)の一翼としてAIP潜水艦を増強しつつあり、これは長期的な海洋シフトを反映している。
さらに重要なのは、AIP市場が技術標準化と国際協調に向けた枠組みにも変化を及ぼし始めていることである。EU共同調達枠組みや、アジア各国による技術交流フォーラム設立、さらには日本・インド・オーストラリア間の共同開発提案など、大規模な技術シナジーや標準化の動きが加速。これにより、個別案件ごとに異なっていたAIPモジュール設計や運用基準が漸次統一され、サプライチェーンコスト圧縮や互換性向上という副次効果も得られる。
セキュリティリスクの側面では、AIP技術の拡散が海洋安全保障環境に新たな緊張感をもたらしている。多くの専門家は「AIP搭載潜水艦の静音性と隠密性が、従来の監視・探知システムの枠を超え、海洋境界測定やシーレーン防衛戦略に構造転換を促す」と分析。特に南シナ海、インド洋、東シナ海などにおいて、既存のバランス・オブ・パワー変化が加速する可能性が指摘されている。
最後に2030年以降の市場展望について、アメリカの海軍分析センター(CNA)のRyan Lee上級アナリストは「AIP市場は今後5年でパラダイムシフトを迎える。複数モジュール方式、AI統合型システム、そして自律航行技術との連携により、AIP潜水艦は一段階上の作戦能力・シグネチャ管理を実現しうる」と述べ、今後の持続的イノベーションに太鼓判を押している。
以上のように、2025年のAIP市場はグローバルで多様化・高度化が進む画期的な局面にある。各国海軍による投資競争、テクノロジートレンド、民間技術の波及、そして外部地政学要因が複雑に絡み合いながら、今後数年でさらにダイナミックな伸びと変革が期待される。
https://pmarketresearch.com/auto/air-independent-propulsion-systems-for-submarine-market/