データセンターのディコミッショニングサービス市場は、2025年を迎え、かつてないほどの注目を集めている。パンデミックによる不可逆的なITトランスフォーメーションや、クラウドファースト政策の本格的な普及の余波を受けて、多くの企業はデータセンター資産の見直しと最適化に迫られている。特に、施設の老朽化やIT資産のサイクル短縮に伴い、物理的なインフラの廃棄・再利用・移設が急増し、データセンターのディコミッショニング(解体・廃棄)サービスの需要曲線は力強い右肩上がりとなっている。
2025年現在、市場には新興勢力から老舗ベンダー、大手ITソリューション提供企業などが参入し、競争が一層激化している。グローバルデータコーポレーション(IDC)の最新レポートによれば、2024年のデータセンターのディコミッショニングサービス市場規模は約74億ドルに達し、2020年の約42億ドルから年平均成長率(CAGR)15.1%で推移してきた。これを受け、2025年は80億ドルに迫る勢いを見せており、今後数年間もこの傾向が続くと予測されている。
主要要因として、クラウド移行によるオンプレミスデータセンターの縮小や統廃合、ESG要求への対応、規制強化、クリーンテックソリューションの台頭が挙げられる。例えば、欧州連合(EU)の新しいWEEE指令準拠やGDPR施行以降、物理媒体上のデータ消去を担保するサービスが不可欠となり、物理データ消去プロセスの透明化・証跡管理がサービス競争の基準となった。
米系調査会社Garnerは、「今日、単に機器を廃棄するだけでは不十分であり、廃棄物ゼロ、カーボンニュートラル、クロスボーダー規制対応、厳重なデータガバナンスが求められる。こうしたアクセレレイションこそ、今後5年間の差別化要因となる」と指摘している。Expert Insights誌のシニアアナリスト、ケン・イマヌエル氏は「ポストクラウドの時代、組織の要請は“廃棄”から“資産の価値最大化”に移った。再利用・リサイクル目的でのディコミッショニングが標準になるだろう」と分析している。
市場の動向を見ると、まずエンタープライズセグメントでの需要拡大が顕著である。グローバル企業やハイパースケーラーは、アジアや中南米での事業再編に伴い、複数拠点の集約やIT資産の棚卸しを推進。2023〜2024年、金融、製造、通信業界を中心に、1つのディコミッショニングプロジェクトに数千万ドルが投じられる事例も現れた。日本国内でも、メガバンクやSIerの中核データセンター統合が活発化し、資産移設・廃棄ニーズが着実に増加している。
新興国市場では、地場・外資系企業がパートナーシップやM&Aを通じて展開を強化している。特にASEAN・インドなどは、老朽データセンターの爆発的な増加により、現地政府の電子廃棄物規制・グリーン政策に呼応する形で、一時的な成長率が30%を超える地域もある。例えばインド最大手のディコミッショニングサービス提供会社ReNew Solutionsは、「今後2、3年で南アジア全体におけるサービスリーチを倍増させる計画だ」と発表するなど、旺盛な投資が続いている。
技術トレンドにおいては、データ消去・抹消サービスの高度化、証跡自動生成、資産価値査定、ライフサイクル管理連携などが顕著だ。物理機器に組み込まれたIoT技術やRFID/BLEタグを利用し、撤去・移送・解体・リサイクルの全プロセスを可視化・遠隔管理する仕組みが主流になりつつある。また、レガシーOSやファームウェアの破壊型消去を標準化し、物理的・論理的データ消去の統合証明書を提供するベンダーも登場している。
さらに再販・再利用市場におけるエコシステム形成も進む。例えば、米国の大手サービスプロバイダーIron Mountain、Sims Recycling、イギリスのN2Sなどは、取得したハードウェア在庫の二次流通プラットフォームとAPI連携し、スピーディな現金化・中古品流通の最適化に取り組んでいる。日本国内でもデータセンター事業者やSIerがファシリティ管理や認証手続き、金融調達までをワンストップ化した「統合ディコミッショニング」を標榜し、市場シェア獲得を図る動きが目立つ。
一方で、ディコミッショニングサービスには重大な課題も残されている。第一はスケーラビリティ、第二は認証および規制適合性である。大規模データセンターの解体プロジェクトは数千台〜数万台規模のサーバー、ストレージ、ネットワーク機器、発電機類におよび、その際のデータ完全消去・環境配慮型廃棄・トレーサビリティ管理をすべて両立させねばならない。そのためには、高度な自動化ツールやAI、ロボティクスの導入が不可欠であり、今後も多額の開発投資が見込まれる。
さらに、個人情報や機密データの漏洩・悪用リスクに対する懸念は年々強まっている。2023年には米国の医療機関でディコミッショニング作業中のデータ消去不備が引き金となり、過去最大規模の個人情報漏洩事件が発生。これを受け、多くの国でデータ消去証明書(Certificate of Data Destruction)の厳格化や第三者監査導入が標準化される流れが加速した。
こうした市場動向を受けて、サービスベンダー各社は国際規格や業界標準、サステナビリティ認証の獲得競争を繰り広げている。ISO/IEC 27001、ISO 22301、R2v3(Responsible Recycling)、NAID AAA認証など複数の認証を同時取得し、多国籍クライアント案件にも柔軟対応できる体制が求められている。特にESG/SDGs指向の企業にとっては、廃棄データの可視化・証跡管理とカーボンフットプリント削減の両立が喫緊のテーマとなっており、米Cleanslate社のシニアコンサルタント、レイチェル・ライアン氏は「2050年ネットゼロへの分岐点となる今、ディコミッショニングの”二酸化炭素会計”は全プロジェクト管理で不可分になる」と強調する。
加えて、AI・IoT活用によるプロセス自動化も加速している。オートメーション技術を用いたリモート監視・ダッシュボード、MR/ARを活用した現場支援、AIによる資産価値算定アルゴリズムなど、サービス事業者は競ってスマート化を進めている。その狙いについて、大手ITサービスプロバイダーDXC Technologyの戦略担当者は「人手不足が顕著な今、ディコミッショニングにおいては”自律化”が事業継続の鍵。将来的には無人運用や現場ロボット化まで視野に入る」と語る。
市場のプレイヤーは米国、欧州、日本、インド、中国のリーディングカンパニーが主導しているが、地域特有の法規制やインフラ事情、顧客ニーズの違いが特徴的だ。たとえば日本やドイツでは個人情報保護法と環境規制の両面で世界トップクラスの厳格なルールが敷かれており、インハウス型の廃棄処理、専用認証取得、社外監査の徹底が当たり前となっている。一方で、米国や中国では規模の大きさを強みに「コスト最適化・効率化」に舵を切る事業者も多い。
今後は、「グローバル一括管理」と「地域最適化」の両立が大手ユーザーから求められ、市場構造が複雑化すると考えられている。たとえば、複数国展開企業がグローバルポリシーで一括ディコミッショニングを発注し、現地サービスプロバイダーが地域仕様の法規制・手続きにきめ細かく対応する「ハイブリッド運用」が主流化しつつある。このため、統合管理プラットフォーム、APIベースのプロジェクト連携、リアルタイムレポーティング機能の実装などが不可欠となる。
また、サプライチェーンの不確実性や地政学リスクも市場の課題である。米中対立、主要半導体・サーバー部品の供給不安、グローバル物流の混乱が、ディコミッショニング作業の計画性やコストに直結しはじめている。世界最大規模のITアセットディスポジション企業であるSims Recycling Solutionsは「輸送コストや納期の変動だけでなく、特定製品の輸出入規制、リサイクル証明の発行義務強化など、新たなリスクファクターへの随時対応が重要」と述べている。
環境面では、サーキュラーエコノミー推進が技術・ビジネス両面のイノベーションを導いている。再生資源の最大限リユース、ゼロランドフィル(埋立廃棄ゼロ)、特殊金属のリカバリー、カーボンオフセット市場との連携など、多層的な価値創出が志向されている。グローバルエネルギーシンクタンクのEnergy Transition Initiativeは「今後10年、データセンターの解体・廃棄が世界的サスティナビリティ戦略の最前線になる。リサイクル材調達を起点とした”逆サプライチェーン”が広がる」と予測している。
顧客サイドの動向としては、投資対効果(ROI)とサステナビリティ評価指標(SBTi、GHG排出量)の双方を意識した調達行動が一般化しつつある。特に大手金融機関や上場企業、ESG投資ファンド傘下の組織では、”ライフサイクルCO2”や”社会的責任廃棄レポート”をディコミッショニングプロジェクトの最重要KPIに据える例が増えている。この点について、英国BISリサーチのマネージングディレクター、アンドリュー・ハリス氏は「2025年以降、入札条件に”サステナビリティ・データ公開”が加わり、安定調達と透明性が市場標準となる」と述べている。
データセンターのディコミッショニングサービス市場は、ひと昔前の“単なる廃棄”から、“ガバナンス強化、テクノロジー融合、サステナビリティ最適化”の複合市場へとフェーズ転換した。今後も規模拡大とサービス高度化が同時進行し、ITインフラの未来像・価値観の変革を象徴する最前線領域として、その動向が注目される。
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