英国🫖紅茶の歴史⑦

ティーのカップ

 東洋の白い磁器も 超高かった💸💸 

ティーボールも変化した

 きゅうすが来ても お茶は煮出したシブくて苦いものだったらしい
 最初はとくに 茶=薬 だったので ティーボウルはとても小さかった🍵
 その後 いくらか大きめのティーボウルで 砂糖やミルクをドバドバ入れたみたい
 🙉あま〜〜〜い‼️ 虫歯はステイタス🙊マジデ
 〈ミルクティー〉🥛ミルクを入れるのは 1680年代のフランス発信🟢緑茶のミルクティーなのだ🟤ボヒー茶にも入れたミルクウーロン🎵

ヨーロッパも白磁器をつくる

 磁器は 東方からちょっとしか入って来ないし 茶葉🌿よりもっともっと⤴️⤴️高いから💸💸💸
 アン女王時代辺りから 国産の茶器を作ろうとがんばる
 
1709年 ドイツのマイセンが 白磁器を生産❗️
 東方の謎を解いたのだ〜🎊🙉
 オーストリア イタリア フランスも 国産磁器 作れるようになる
 🇬🇧英国は〈カオリン〉が採取できなかったので苦戦する💦

ジョージ王朝

 子どものいなかったアン女王のあと ドイツにいたハノーヴァー選帝侯ジョージ1世を迎える

 👑英語喋れない1世 👑戦争で多忙だった2世 そのあとの〜

 👑農夫王ジョージ3世(1738〜1820)の時代

 1745年 チェルシー窯

 1747年 ボウ窯

初期のボーンチャイナを創る

 1750年ころ ダービー窯
のちにクラウンダービーに
 1759年 ウェッジウッド窯
等々が登場⤴️⤴️

ティーカップも出た🎉
1740年代から ハンドルを付けた〈ティーカップ〉が登場🎉🎉
19世紀初めまで ティーボウルとティーカップは 両方使われてた

 『ティーカップの歴史』を借りたのに ティーカップの模写はほとんどナイ🙊 ので 『英国紅茶の歴史』の裏表紙をお借りします

 右上と左下が 取っ手のないティーボウル(お茶入れる為 受け皿が深い)
 人気の〈ブルー&ホワイト〉中国から輸入してたのは ↘️これみたいな白地に青い茶器が多かったそう
1815~1833スポード
1891~1920ミントン
1810ミントン
1830~1850ヒルディッチ

  ↘️右上〈クリームウェア〉は 磁器ではなく 硬質の陶器
 ウェッジウッド氏が 労働者階級にも買えるようにと生み出した
 質素を好む👑農夫王ジョージ3世夫妻にも愛された
1940ウェッジウッド
1863~1867ロイヤルクラウンダービー
1930ウェッジウッド
 ↗️真ん中の伊万里焼きを模した〈イマリパターン〉は 浪費家の派手好き息子👑ジョージ4世が気に入って ダービー窯はクラウンダービー窯になった⤴️

『英国紅茶の歴史』の裏表紙から🩵

 子のいないジョージ4世のあとは 倹約家の弟👑ウィリアム4世
 子のいないウィリアム4世のあとは その弟(4男)ケント公爵の1人娘👑ヴィクトリア女王が 1837年18歳で即位🎊

 片手で茶わん持ってて 熱い💦と受け皿に移して飲んでたヨーロッパ
 🙉中国日本のように 両手で持とうよ…
 取っ手が付いて熱くない🎵 カップからそのまま飲むようになる

 ヴィクトリア女王のころは すでに〈受け皿で飲む〉習慣はすたれていたが
 田舎では 20世紀初めまで残っていた


図説『英国ティーカップの歴史』
図説『英国紅茶の歴史』
Cha Tea 紅茶教室 河出書房新社

🙆ホビットガイッパイ🙆