プロフェッショナルレスリング・ワラビーのブログ

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複雑に入り汲んだ現代社会へ鋭く[Wrestling]の本質・真髄を追求するプロフェッショナルレスリング・ワラビー

“social reject” KEITA in THE House✳︎

のブログ☆

“知的反逆児”KEITA in THE House✳︎について「メシア復活か?」それとも「侵略者襲来か?」と、

アナタは、
記事を読み終えた時どちらを選びますか?。Do it myself!!



私はKEITA in THE House✳︎/矢野啓太と長い付き合いである。



彼がマット界から忽然と姿を消して、、、

幾つの月日を過ごしたことだろう…


引退か?
フェードアウトか?

それとも葬り去られただけなのか?




今や、
KEITA in THE House❇︎というプロフェッショナルレスラー、

芸術家または推理作家、

そして彼が生涯、

情熱を注ぎ続けた、
情報機関を司るジャーナリズム精神などと、多岐に亘って残した、

数々の作品、声なき声を、

何世紀先に生きる人類へ伝えるのが、

古くからの友人として、

最後の役目だと感じている。


もし?
この書籍を読んだ世界の人々が、

「矢野啓太という稀有で大きく突き抜けた革命家が、かつて存在した!」と手に取るかの如く、

身近に感じてもらえたならば、

私は、
一つの至上命題を終え、

この、
タイプライターまるごとの記録を破棄するだけだと、

物思いに耽っている。



矢野啓太はレスリングを愛し、したたかで、

愛したがゆえに、、愛され、怨憎に苛まれ、

寝る間も惜しんで眼光紙背に徹し、

いつも欲求不満で放蕩し、

よって、
女性関係にはだらしなく、

常にスキャンダルが付き纏い、

優柔不断な行動・言動を繰り返すが、

当の本人にとっては、
道義に沿った「彼なりの信念」だと主張していた。


だから、
KEITA in THE House✳︎が残してきたセンテンスを俗世間が許す限り妥協することなく、

ここに紹介していきたい。


そして彼の言葉のチカラを感じて汲みとってもらいたい。

時に純粋無垢で、時に自信過剰。

弱い矢野啓太、素直で優しい矢野啓太。

そして慈悲の愛を込めた、
わがままなKEITA in THE House❇︎を。


きっと彼がそうだったように、

それは、
「文学から限りなく遠いところにいる文章」であろう。


“レスリングは汚れていない”という言葉が印象的だった…

『毎晩のように試合や練習で大和川を渡っていた日々は、ボクにとってマンハッタンへ向かうようなものでした。』2005年

※プロフットボール選手の夢を諦めてプロレスラーを目指し始めた頃。世界の中心がニューヨークであり、そして其処が夢舞台であることに変わり無かった。当時17才。





『ボクはバトラーツのリングでプロレスをやります!』2007年

※格闘探偵団バトラーツでのデビュー戦。全選手入場式における挨拶で言い放った。異色の探偵団員として迎え入れられた。





『まるで置き引きに遭った気分。』2010年

※アイスリボンでの試合判定を巡っての独特な言い回し。このあたりからモノ怖じしない過激な発言が目立ちはじめた。





『全てプラン通り。レスリングは汚れていない!』2010年

※初のアメリカ遠征を勝利で終えて。自信に満ちながら「レスリング」というワードに拘りを持ち始めた頃。時代背景には周囲がハイフライヤーやデスマッチレスラーで溢れていた。





『鉛のサラダを喰わせてやる。』2012年

※DDT在籍時。試合前に対戦相手へ向けて述べたコメント。自身の居場所を見つけるために東奔西走していた。

『ボクが去った後、名古屋にベビーブームが訪れるであろう…』2016年

※名古屋のとある会場での試合後。2012年以降は積極的に、こうした“ふしだらな発言”を繰り返していた。





『年間300試合したい。』2018-2019年

※「いま何したい?」と訊かれて。30代に手が届こうとしているなか、年々、試合数が減ってきた事もあり、また憧れの旅を始めたい!との強い意味を込めて。だが2019年のゴールデンウィークは一切オファーが無く、0試合と苦しい状況だった。





『オーバーレーテッド』2020年

※新宿FACEにおいてバトルロイヤルで当たった澤宗紀さんを指して。彼は澤宗紀さんが現役だった頃から「あの人は盲目な人々をリードしているだけ」と喧伝していた過去を持つ。[Oⅴerrated]とは過大評価のこと。『[You just do it fast..“BANG!BANG!]』それは失礼だろ、、チケットを買ったお客さんを馬鹿にしちゃ、いかん、、、と、ボクは新宿FACEの片隅で怒りに震えていた…「矢野さぁ、せっかくだから寝技やらない?…リンクameblo.jp







『男女兼用でございます!』2021年

※TORU選手に着ていた私服をいじられた時。





『このままでは“プロレス”に殺される…』2021年

※試合数もさることながら、毎試合、重圧のかかる“闘い”を強いられていた際に、フとこぼす。大阪では「半年から8ヶ月ぐらい休みたい」と非公式で述べ、翌朝ビックカメラ難波店イベントスペースにて行なわれたブュッフェ形式朝食会へは、ついに姿を現さなかった。





『ボクの誇りは、、一度も対戦相手にケガを負わせなかったことです。真っ当に“闘う”ことが全ての復讐であることを学んだ。』2022年

※デビュー15周年を飾った際“プロフェッショナルレスラー矢野啓太”の生きる言葉。キャリアを振り返りながら勉強し、学び続ける人生観を訴えかけた。謙虚さと変わらぬ反骨心が垣間みれた一幕。

『ボクはそんな利己的な暴力よりも、ほんの何気ない優しさが欲しかった…』20ⅩⅩ年

※オールドタイマーが一堂に介したリユニオンイベントと並行して実施された白昼夢セラピーにおいて。KEITA in THE House❇︎は杖をついて現れ、終始しどろもどろに、震える声で質疑に応じていたが、翌日は翔太選手とレジェンドマッチ3分一本勝負を“闘い抜いてみせた”。








=後記=
レジェンドマッチを終えた矢野啓太は、やはり孤独な人間に戻っていった。

そして、
その日を最後に公の場から姿を消したのだった、さよならも告げず。


やがてKEITA in THE House✳︎は消えて忘れ去られていくのであろう…


だからこそ、
この作品を読んだ誰かが、

「僕はきいたよ!ちゃんと矢野啓太が話すところを!」と自慢げに伝えてくれるだけで、

古くからの友人としては嬉しく、

また安心する。



KEITA in THE House❇︎はいつの時代にも、こう言っていた。

『事実が全て正しいとは限らない。真実が全て美しいわけでもない。』、。


言い換えれば、
人間は誰だって正しくて、かつ間違っていて、かつ上下さかさま、といった、

“倒錯感性”をもしかしたら彼は、

表現し続けてきたのかもしれない。


なんと甘美な響きよ…私は彼に借りがある。

そして私には返せそうもない。



Wrestling God Bless
神の御加護と慈愛の心を込めて



=作者不詳=





spark_keita@hotmail.com