量るのは真珠それとも罪なのか女が手に持つ空の天秤

 

今回は、《天秤を持つ女》。女性の右手には天秤があります。机の上には宝石箱が置かれ、真珠は一部が宝石箱からこぼれ、また一部は机の上に置かれています。天秤は空であることから、女性が量ろうとしているのは真珠ではなく罪ではないか、とも言われています。女性がかぶっている頭巾は、公正を示す白であることも暗示的です。さらに、女性が妊婦のように見えることから、生まれてくる子の運命を量ることを示唆している、と解釈されることもあります。壁に「最後の審判」の絵が掛けられているのも象徴的ですよね。

 

真珠の養殖が始まったのは19世紀で、御木本幸吉が成功した後のことです。17世紀には真珠は天然物しかなく、高価なものでした。言うまでもなく、真珠は富の象徴です。また、白い輝きゆえに、宗教的には純潔の象徴でもありました。それだけに、この絵では、真珠が宝石箱からはみ出していたり、机の上に無造作に置かれていたりして、どこか粗雑に扱われているように見えるのが気になります。これらはガラス玉なのかもしれません。そうだとすれば、人の内面もまた、真珠のイミテーションのようだという示唆が潜んでいるのでしょうか。

 

 

画像出典:

Woman-with-a-balance-by-Vermeer - 天秤を持つ女 - Wikipedia

参考にした資料:

大友義博監修『フェルメール 生涯と全作品』株式会社宝島社

小林頼子、朽木ゆり子著『謎解き フェルメール』新潮社