もうすぐ4月ですね。

・・・土曜からですね(汗)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ3ヶ月、当ブログでは

真面目系記事を連続投稿してきました。

 

宮城県出身の自分にとって

震災をどう振り返るのか

というのは凄く大事なことであり、

連載記事にしたのが原因なんですけど、

 

これ、全3回に終わらせるつもりが、

どうも全7回になる感じがしてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

前回、前々回、

そして、これまでのウクライナや

アフガニスタンに関連する記事において

強調してきたことですが、

 

私は

日常的に目にするニュースとは

事実Aに基づいた報道A’(エーダッシュ)

ではなくて

世界観Bというフィルターを通じて

生成された物語B’(ビーダッシュ)

であると考えているのですね。

 

 

 

 

「どう違うんだよー!?」

 というのが一番わかるのが

 恐らく上の記事だと思います。

 

 

これは去年の7月末に爆殺された

ザワヒリ氏に関する記事なのですが

 

 

 

 

 

ロイター新聞の記事や

 

 

 

 

 

 

 

フランス通信の記事を見比べると

 

 

 

 

 

(上から朝日、ロイター、フランス通信)

 

別々の新聞社が自由に書いた記事

のはずなのに、全く同じ内容が

ほぼ同じタイトルで報じられている

のに気がつくでしょうか?

 

 

これは単なる偶然ではなくて、

同じ世界観を所有するからなんです。

 

タリバンというテロ支援組織がいる

僕達の世界が危ない

アフガニスタンの人々も苦しんでいる

救え!

 

という世界観に則って書いているから

ザワヒリ氏爆殺はポジティブにしか

書きようがないのですね。

 

 

 

世界観に反する事実は書けない。

 

 

これが鉄則な訳ですが、

では、これを別の世界観C、Dを持つ

人間が伝えると、どうなるのでしょうか?

 

 

 

 

 

これはインドのテレビ局が報じた

もので、Youtubeで閲覧が出来ますが

 

ここで私達の耳に届くのは

 

 

 

 

他国の領空に無断で入り

爆弾を落としたアメリカへの

怒りの声なんですね。

 

 

 

冷静に考えれば、

本当に犯人かどうかは不明である

1人の民間人が、裁判も受けられずに

爆殺された訳です。

 

死刑にすらされなかった訳です。

 

民主主義という価値観に

照らし合わせても、ザワヒリ氏は

凶悪犯罪者以下の扱いを受けたことを

意味します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(幼児を撃ち殺そうとする外国人兵士の絵が描かれている)

 

 

人権とは読んで字のごとく、

人間の権利のことを意味しますが、

ザワヒリ氏は人間とは認められなかった。

 

そして、それはアフガニスタン市民に

対しても言えることであり、

 

だからこそ、強烈な抗議、

「アメリカに死を」というほどの

罵声を浴びせた訳です。

 

 

加えて、アフガニスタンでは現在、

テロ支援に使われる「かもしれないから」

という理由で同国の海外資産を凍結していて

そのせいで深刻な経済危機が起こっています。

 

これに対しても

9.11とアフガニスタン人は関係がない!

というデモが開かれましたが

 

これを通じたのもまた

アメリカやフランス、日本ではなく

中国のメディアだったのです。

 

 

 

 

 

正義の味方アメリカが

悪の組織タリバンと戦い負けた。

 

そういうバッドエンドな

世界観しか持たない記者たちが

この事件を扱うと、

 

加害者側である

バイデン米大統領の言葉は拾う一方で、

 

被害者側である

アフガニスタンの人々の声は

封じてしまうのですね。

 

なぜなら、それは

彼らの世界観を壊してしまう

非常に都合の悪い事実だからです。

 

 

 

 

 

 

世界観に反する事実を排除しながら

報じるスタイルを徹底させると、

 

イラク戦争を不正な侵略と

マイナスに報じておきながら、

 

現在まで同国の人間を苦しめている

劣化ウラン弾を、実害がない兵器

であるかのように吹聴するようになる

訳です。

 

 

この劣化ウラン弾の使用計画は

ロシアを激怒させ、結果として

ベラルーシに中距離核ミサイルを

配備させることになりましたが、

 

ここでも重要なのは

どこのメディアも似たりよったりの

報道をする一方で、

 

劣化ウラン弾の使用については

撤回を求めたり、愚挙ゆるせぬ

と歯ぎしりするような怒声をあげたりは

決してしなかったという事実です。

 

 

つまり、イラク戦争の反省というのは

アメリカ軍の犯罪行為を責めない限り

でのものでしかなく、再発を防止する

どころか、むしろ承認してしまうような

レベルに留まっている訳です。

 

 

 

 

 

徹底的に見えなくなっていく

んですよね。

 

 

嘘はつかないんだけど、

結果として嘘になっているといいますか。

 

 

世界観を共有する者同士にしか

通じず、しかもそれはしばしば、

被害者を無視するものになっています。

 

 

そういうメカニズムというのは

原発関連の問題にも通じていて、

 

そこに至るまで

いかに私達が選択肢を抜かれながら

物事を判断しているのかを

 

アフガニスタンやウクライナ、

そして汚染水放出の話を例に書こうと

今、考えていて、

 

それを説明するには

どうもあと5本は要るのではないか

と今の所、感じています。

 

これを書き上げるには

あと1ヶ月はかかるのではないか

と予期している次第です。

 

 

 

で、ここからが本題なんですけど、

 

そんな風に蝸牛の歩みで

文章を書いていると最悪、

GWまでかかってしまうので、

 

一旦、真面目系は中断して

ゲーム感想の記事を書こうと

予定しています。

 

とりあえずは

ぷよクエのイベントの感想を

3月初旬のイベントから計3本書こうか

と思います。

 

 

で、知っている人は知っているけど、

 

実は私が以前は頻繁に述べていた

スクフェスという音ゲーが本日、

サービス終了になります。

 

午後4時までですから

時間的にもう出来ないかなと

考えている次第です。

 

最後のガチャといえば、

水曜の夜に引いた無料11連ガチャ

なんですけど

 

 

 

案の定というか、

またしてもというか・・・

 

まぁ、いつもどおりの結果になり

 

 

 

 

 

 

 

 

この記事を投稿した後、

ワンチャンかけて回すべきか

 

それとも明日の仕事を考えて

さっさと寝るべきか迷っている最中です。

 

・・・多分、寝ますね(汗)

 

 

 

 

他にもロスワの記事を

1月から未だに1本も書いていない

わけで、そっちの報告もしたいと

考えています。

 

来週中にそういう心残りを

ちゃちゃっと片付けたいですね。

 

スクフェスについても

どうせスクフェス2のサービスが

来月から開始するから

あんまり悲しくないんですけど、

とりあえず数年遊んだ身として

何かコメントは残したいなと思います。

 

長々書きましたけど、

次回からはお遊び系の軽めの記事になる

と捉えてくれれば嬉しいです。

 

よろしくお願いします。