先のことを考えると、

不安で仕方なくなる。


優しい人に、全てを預けて

甘えてしまいたい。


でも、それじゃ、前に進めない。


でもでも、

1人で考えるっていうことは、切ないこと。



頼ると甘えるを履き違えないように、

生きられればいいのだけれども、


私の周りには優しい人で溢れかえっていて、

自分を律していかないと、難しいなぁ(笑)

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歯が痛すぎて目が覚めた。


眠れないから、誰も起きていない時間に一時間ほど本を読んだ。


この、なんともいえない空間が懐かしくて、切なかった。

私は大人になってしまったんだと、実感してしまった。


なんだか遠くなってしまったようだ。


学生の頃を思い出した。


夜更かしをして、誰もいないリビングで、決して1人ではない空間で、本を読んでいた頃。


独りでは、なかった。


そこに誰もいなくても、家の中に誰かがいる安心感。


かすかに聞こえる祖母の寝息。


私はいま、いったいいくつ?


ここは、私のいてもいい場所?


私の居場所って?


時々、自分を見失う。


私は誰なんだろう。




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横断歩道の、白線だけを踏みながら歩く。

誰に教わったわけでもないが、

小さい頃からやっていた。

誰に聞いたわけでもないが、

それは青臭いような気がしていた。

だから、誰もそれをやっていた過去があることを言わない。

いや、忘れてるのかもしれない。

でも、白線だけを踏んで歩く、自分ルール、

きっとやったことある人は少なくないはず。

でも、誰もそれをあえて言わない。

なんとなくその事を言うと、

自分も経験がある、と、

照れ笑いしながら答える。

そこに、なんともいえない懐かしく照れ臭い空気が流れる。

なんか仲間意識みたいなのが生まれる。


でも、なんで誰も言わないのに、

多くの人が自分ルールを経験するのだろう?

誰が教えたわけでもないのにね。

白線には、そういう効力があるのかもしれないなぁ。



私はこの歳になっても未だに、自分ルールで道を歩く。

白線だけ踏む、ブロックを一個飛ばしだ歩く、あの信号が点滅するまでに渡り切ったら、あれがうまくいく…

でも、それを周りの人に言うと、子供っぽい、なにしてるの?笑

って言われる。

いいじゃない、童心を忘れないことは大切よ。

恥ずかしいことじゃない。

一心不乱に白線を踏んで歩いてる大人は、

はたから見ると滑稽だけど、

はたから見て、

あの人、白線だけ踏んで歩いてるって見つけると、

なんか嬉しくなる。

おんなじだ。


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