ぷいmamaの日常
小さな私へ

機能不全家庭~
毒親と毒姉からの洗脳と絶縁
解毒への道
連鎖を断ち切る子育て

ただただ整理のつかない気持ちを回想、吐露するブログ

双極性障害で、メンタルは病んでいるので暗い話がメインです

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味方


最近よく見かける投稿

母親が亡くなったら

「無条件で味方してくれた人」
「無償の愛で自分を肯定してくれた人」

この世の中に、そんな人がいなくなる
もしくは、母親が亡くなって
言いようのない悲しみの中にいる

私は毒母の死になにを思うだろうか

毒親育ちの私からしたら
そんな温かい母親ばかりではない
という事実がある

自分が母親になったら
親の苦労が分かると
よく言ったものだ

毒親育ちは、逆である
いかに自分の親が
マトモじゃなかったか
それが浮き彫りになる

未就学児の頃
毒母を怒鳴り散らし
暴力を振るう継父(のちに離婚)
母である前に被害者の女(毒母)
私を守る人は誰も居なかった

私は幼いながら
「大変な所に生まれてきたなぁ」
という感覚を強く持っていたのを覚えている
サバイバル生活の幕開けでもあった


私は我が子に対して
「無条件に大切」という想いが湧く

私は大切にされなかったけど
我が子に対するこの想い…

つまり、私も生まれた家を間違っただけで
本来、大切にされるべき存在であった
愛されるべき存在

自分で自分を育て
あの頃貰えなかったもの生み出して
癒していくしかないなと思う







私は変人?


昔から

「冷たい」「変人」「おたく」「暗い」
そう言われてきた

今考えると

毒母や毒姉は
私が思い通りにならないと
非情人間のレッテルを貼った

他にもたくさん人格否定されてきた

私の心は深く傷つき
そのレッテルを背負って生きてきた

でもね
私は人を深く傷つけてない
そんな毒母や毒姉に対してさえも

ずっと耐えてきた
そして心のどこかで
世界はもっと優しいはずと思っていた

子供の頃からの洗脳は根深く
今でもレッテルが抜けきらない

今改めて、自分という人間を
私が理解しようと努力している





さみしさ2


「げんき?」「どうしてる?」
気にかけてもらえるだけで
すごく元気になれる気がするんだ

これまで、周りに
「げんき?」「どうしてる?」って
声をかけ続けてきた気がする

やめた途端
誰からも連絡が来ないというのは
やっぱり、さみしいなぁ…

私の築いてきた人間関係って
何だったんだろう…

でも同時に
それまでの関係だったんだと
納得している自分もいる

こんな時
親や姉がマトモだったらな

家族なら、とりとめない話も
自己報告も許されるよね

本来「家族」に備わっているはずの
安心安全な場所

「意味のないやりとり」が許される場所

「手に入らないもの」を
疲れた時なんかに想い描いてしまう






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