シロン


あなたがいなくなってから、もう十か月がたとうとしているよ。


その間ママはいっぱい色んなこと考えたよ。

私があなたをころしてしまったのではないかって。


だって、私たちは今住んでいる団地から堂々と猫と暮らせる広いお庭のおうちに引っ越したくて。休みの日はみんなでおうちを探しに行くつもりだったの。


あなたはいつも好奇心旺盛で大らかで警戒心ゼロで、私を信じてどこへでもついてきてくれるから、赤いヒモ(ハーネス)をつけてれば一緒にお散歩が出来る、ドライブして一緒に遠くのおうち探しに行けるようになると思ってしまったんだ。


だからあの日も初めてヒモをつけて、キャリーにあなたを入れて道一本向こう側にある運動場にみんなでお散歩の練習のつもりで行ったんだ。



さーちゃん(人間の娘)はあなたを敷地の外に連れ出すのをすごくイヤがってたね。あなたもヒモつけるのイヤだったね。


でもママとパパはその前のお休みの日に、航空公園って大きな公園で、でっかい猫ちゃんを抱っこしてお散歩してるおじさんに会って、羨ましくなっちゃったんだ。



『シロンもあまり怖がらないコだから、一緒にお散歩できるんじゃない!?』って。



あなたが茂みに隠れて出てこなくなったので、運動場のお散歩は早めに切り上げた。勝手知ったる団地の敷地に帰ってきたら、すごくホッとした。



翌朝5時半ころ、私が起き出すとあなたはいつもどおりお外の芝生にパトロールに行ったね。いつもならすぐ帰ってきてまずは勢いよく朝ごはんを食べるのに、あなたは帰って来なかった。



私はベランダに出て「シローン!」て一度呼んだけど、あなたの姿はなかった。私もお腹空いたし、なんか久々に一人優雅にゆっくり朝ごはんを食べたんだ。



そして、さーちゃんを起こして朝ごはんを食べさせてると、誰か来た。朝っぱらからなーに?と思ってドアを開けるとあなたのことを大好きなRくんのおばあちゃんが立ってた。



「シロンちゃんいる?」

いやな予感。だって声も手も震えている?


「いえ、さっき外に出て珍しく帰ってこなくて」


「今、ゴミ捨ていったら猫ちゃんが倒れてて。最初は寝てるのかと思ったの。でも、動かないから可哀想ねーって見たら、おたくのシロンちゃんじゃないかと思って」



「さーちゃんはここにいて!」無我夢中でバスタオルを持って走った。それでも娘はあとから追いかけてきた。



いつもあなたと行くごみ捨て場所の歩道の側に白い体が寝そべっていた。シロン!寝てるの?大丈夫かも?抱き上げたら、顔が片方凹んで口と鼻から血がにじみ、片方の眼球が飛び出ていた。もう生きていないことがひと目で分かった。まだ温かい。体の下には小さな血だまり。



「シロンごめん!ごめんねシロン」


「きゃー!!!シロンが〜!!」


すぐ後ろでさーちゃんがら泣きながら大きな悲鳴をあげた。バスタオルにあなたを包んだけど見られてしまった。追いついたRおばあちゃんがそれ以上見ないようにさーちゃんを胸にぎゅっと抱きしめててくれた。それだけが救いだった。



あなたを抱きかかえて家に帰り、キャットタワーの下に置いた。大好きな陽当たりの良い窓辺に。



怖くてさーちゃんはあなたに触れなくて、ずっと泣きっぱなしだったね。



「だからさーちゃんやめてって言ったのに!!なんでシロンを運動場につれてったの!!!」



そう。好奇心旺盛なあなたは広大な団地の敷地の外に、昨日みんなで行った道一本へだてた運動場に行ってみよ♪と思ったんだね。それで車道を渡ろうとして車にはねられたんだね。



それか、一匹でちょっと冒険してたら私の「シローン!」て呼ぶ声が聞こえて、急いで帰ろうとして車の前に飛び出てしまったのかも。



どちらにせよ団地の敷地内は広くて広場も樹木も多くて、車も10Km以内の制限速度があるから、野良ネコ時代から自由に広範囲を動き回ってたけど大丈夫だったんだ。やっぱり外の世界を教えるべきではなかったんだ・・・



それからパパにラインして、ぷーたんの時にお世話になっためちゃくちゃ感じの良いペットの葬儀屋さんに電話した。さーちゃんも学校に行けなかった。



少し落ち着いてから、あなたの体を拭いた。痛かったね、怖かったね、お腹空いてたよね。どうして私は今朝すぐにご飯をあげなかったのだろう。どうして私は昨日あなたを運動場に連れていってしまったのだろう。どうして私は・・・自分を責めて責めまくった。



葬儀屋さんが来るまえに綺麗な箱が欲しい。お花も入れてあげたい。でも動揺してて運転は危ないから出かけられない。近所の花壇作りの名人に訳を話して、お花を分けて貰おうかと思ったのに留守だった。勝手に丹精込めたチューリップやパンジーを手折る訳にもいかないし・・・さーちゃんと芝生に咲く野の花を摘んで帰った。あなたがいつも見ていたお花だからね。



そうしたら、パパが午後の仕事をキャンセルして、近所の直売所で綺麗なお花を買って急いで帰ってきたんだよ。いつも仕事第一!な人なのにびっくりした。


「なんて言って帰って来たの?」


「ん?娘が具合悪いみたいでって言って」



そっか。確かに娘だものね、猫だけど。


あなたのパパはいつも口うるさくて人の気持ちを察することは苦手なの。でも本当はとっても優しい人なんだ。だから私結婚したんだった。忘れてた。



パパはあなたに触ろうとしなかった。最後だから見てあげてと少し持ち上げてあなたの顔を見せると「ああ、やっぱりシロンだ。間違いなら良いと思ったのに・・」と呻くように言った。



それからパパが前に木で作ったブロックの箱にバスタオルとフリースを敷き、綺麗な方のあなたの顔を上にして寝せて、お花とカリカリとお水、大好きなちゅーる、買ったばかりのおもちゃも一緒に入れてみんなで葬儀屋さんを待った。外は良いお天気だったね。あなたは微笑んでるみたいな可愛い顔で、日向ぼっこしながらお昼寝しているみたいだった。



葬儀屋さんは何度も手を合わせて穏やかに「ご愁傷様です」って、人間みたいに大事に大事にあなたを扱ってくれたよ。それでどれだけ私が救われたか。



Rおばあちゃんとおじいちゃんも声をかけたら最期のお見送りであなたにお線香あげてくれたよ。おじいちゃんは「可愛かったのになぁ」って初めてなでてくれてたね。口数の少ないぶっきらぼうなおじいちゃんと思ってたから、まさかよそのうちの死んでる猫にさわるなんてとびっくりしたよ。男の人の愛情表現て普段は分かりにくいんだね。



2時間後、小さなお骨になったあなたを葬儀屋さんに色々教わりながら、骨壷に納めた。ここはなんの骨、ここは爪。ここは・・。小さなしっぽのさきっちょはちょっと出っ張りがあった。シロンの長いしっぽ少し曲がってたとこだね。内出血してたお腹は血液で黒く焼けていた。



あまりにも葬儀屋さんが、人間の私のお母さんの時のより親切丁寧に説明してくれて、感動した。夫も感銘を受けたようで「自分の時もあの人に焼いてもらいたいわー」と言うので、思わず笑ってしまった。大型犬用の炉の車なら焼けるかなー?なんて。





シロン、もしまた生まれきてくれるなら、人間と暮らしても良いなと思ったら、また私のところに来てくれる?



それまでにちゃんとお引っ越しして、またのびのび安心してお散歩できるおうちを見つけるからね。前にいたぷーたんと一緒に来てくれたら嬉しいな。



今度は遠慮なく、もふもふぎゅーぎゅーするよ。嫌がられてもしつこく抱っこしちゃうよ。だって大好きなんだもん。さーちゃんとパパもまたしつこく追いかけ回すよ、きっと。それでも良かったら。また会いたい。



ペットショップでは私は買わないから、知り合いのおうちとか譲渡会、あの日のようにいきなり目の前に現れても良いよ。絶対に見つけるからね。



また会えるまで私がんばるからね。

また会おうね、シロン。