小学校2年生になり、保育園の時には毎朝の恒例だったかんしゃくも無くなり穏やかな日々ですが、それでもやっぱり毎朝、なかなかスムーズに学校に行く(家を出る)というゴール(私にとっての)たどり着けないそらちん。
テレビoriPadを消すタイミング、声を掛けるタイミング、声のかけ方をひとつ間違えると
「もう、ウチごはん食べない!」
「もう、ウチ学校行かない!」
が始まります。
保育園の頃から出来る事ならずっと家に居たいそらちんと、保育園に、学校に行って欲しい私との戦いは続いてきました。
そらちんの思いはただひとつ、「ママと離れたくない」
「ママに優しくして欲しい」
それだけ。
それだけなのに、たった朝の10数分あまりを感情を穏やかに保ち、優しく促す…それがどうしても出来ずにイライラしたり、爆発してそらちんを追い詰めてしまう…
そんな事を繰り返してきました。
その度にM氏に諭され、怒られ、呆れられてきました。
「なんでそんなに感情的になるんだ?」と。
そして、笑顔で暖かく受け入れてあげられない自分の未熟さを責めてきました。
なんで私は感情を抑えられないんだろう…?と。
なんでかなと考えると、私のイライラは
⚫︎一緒に行ってるお友達を待たせたくない(私が、お友達のママに呆れられたくない)
⚫︎私が日中自由に動く為に学校に行って欲しい
という思いからだという事に気がつきました。
そして…
前回の自分自身を受け入れる、に繋がりますが、どんなに笑顔を装っても、朝はそらちんのヤダヤダを受け入れる事は出来ない!(朝以外は割と大丈夫)
イライラしちゃうんだよ~!というのが私自身なので、それを隠すのをやめました。
出来る限りは穏やかに頑張りますが、そらちんのヤダヤダが始まり、私のイライラが出てきたら
M氏に「私、これ以上はイライラしちゃって優しく出来ない。後お願いして良い?」とM氏に委ね、
そらちんには、「ごめんね、ママはそうやってそらちんが「ママ分かってよ!!」って態度で示されてもイライラしちゃうだけなの。言葉でどうしたいのか話して欲しい」と伝えました。
お友達には、8:00が近づいても家を出られなかったら先に行ってもらう様にお願いしました。
そうすると…
そらちんは「ママに最後までウチの言ってる言葉を聞いて欲しい。ウチはね、iPad見てからごはんも全部食べて、それから◯◯ちゃんと一緒に学校に行きたいの」と言葉で返してくれました。
(だから、それを時間内でやっておくれと言ってるんじゃ~!!と思いながら)「分かった、そう思ってたのにママは途中で遮って早く行きなよって言っちゃってたね。」と返答してからM氏にバトンタッチ。
M氏がうまく誘導してくれたおかげで登校拒否!には至らず、お友達と一緒には行かれなかったものの、学校にはスムーズに行けました。
そらちんに聞くとお友達も別に気にしていない様子…
お友達のママも日頃からそらちんのペースを理解してくれているので「わかった~!」と受け入れてくれて。
待たせてしまう、一緒に行かれない事で相手を不快にさせてしまうと過剰に心配して先回りしてたのは私だけだったんだなぁと気付きました。
子供達の朝の支度をきちんとさせて送り出すのは、私の役目だと思っていました。
でも思う様に出来ない。
そんな自分を受け入れたら、M氏や友達出来ないから助けて、行かれないからごめんねと素直に言えました。
出来ないなら助けてもらおう。
ごめんねって伝えよう。
それで良いんだなぁ。
そして、M氏が居ない朝には、泣きながらでもそらちんとちゃんと向き合おう。
ぶつかって、学校行けなくて会社休んでしまっても良い、学校行けたらそれも良い。
と思えてきました。
そらちんに育てられてるなぁ。
そらちんありがとう…。