気仙沼では、みなとまつりや復興屋台で地元の空気を感じとりたかったのですが、生憎の曇り空と宿が大船渡でしか予約できなかったということもあり、天気が変わらぬうちに予定地のお参りを優先しました。
気仙沼では目印にしていたホテルや旅館が見えた辺りから短い距離を走ったところから景色が変わって行きます。
鹿折唐桑駅周辺にくると、ちょうど漁港が見えてきたので、通行の少ない通りにクルマを停めて、しばらく散策しまた。
元々の住民であろうカモメが整地された荒廃した建物の基礎の上を徘徊していました。
また、堤防近くの海面には沈下したガードレール、堤防の反対側には倒壊した交通標識があり、以前はクルマが乗り入れ出来て駐車も出来る場所だったんだろうとことを想像させます。
そして漁港から内陸へかけては整地された空き地があり、ところどころに外壁が剥がれたり、一階が流されて空洞化になっている家屋が見え、遠くからは芝生のような雑草にもうっすらと家屋の基礎らしき凹凸が見えます。
この漁港から近くに 、津波で流された漁船、第十八共徳丸が交差点をまたいで横たわっています。
その状態は、目に馴染まない光景でした。おそらくモニュメント化されると、交通の整理や参拝される人々の休憩所などが整備され、目に馴染む光景へと変わるんでしょうね。
第十八共徳丸の周囲には地元の学生さんが被災地の空気を明るくするためにヒマワリを栽培していました。
ヒマワリ越しの新しい風景が広がることを祈ります。
第十八共徳丸の横腹には、献花台がありペットボトルや千羽鶴など思い思いの品物がお供えされてあり、クリアケースに納められたキャンパスノートの束、そして、ポツンと置かれたデコ携帯…
言葉を届けたい届けさせてあげたい周囲の様々な欲求が供えられている献花台でした。
そんな自分は、夜食用の塩鯖フレークと酎ハイをお供えして、ヒマワリ越しの新しい風景を記録した後、陸前高田市へと移動。
そして後半へ









