今から42年前の話。大森信子さん(65)は三重県松阪市の生まれ。学校を卒業後、一宮市役所に就職し保育園で働いていた。

 

職場で出会ったご主人と結婚することが決まった時、親戚中から「大変だね」「苦労するよ」と言われた。尾張地方では嫁入りにお金がかかるという話が近県にまでも聞こえていたからだ。

 

また、子どもが生まれると、嫁の実家が節目節目にいろいろな物を準備しなくてはならないとも。七五三、こいのぼり、ひな人形、ランドセル、勉強机など。公務員だった父親は、親戚からお金を借りて嫁入り道具を支度してくれたという。

 

長女が生まれ、よちよちと伝い歩きを始めたころのこと。ある日の昼食時、長女が振り回して遊んでいた台布巾が、その手を離れて義母が食べようとしていたうどんの丼の中に飛び込んでしまった。

 

慌てた信子さんが「すぐに作り直します」と言うと、義母は「大丈夫」と言って、台布巾を取り出して何事もなかったかのように全部食べてしまった。

 

後日、その話を実家の両親に話した。母親からは「なんであんたの丼と、パッと取り替えんかったの」と言われたが、若かったこともありそこまで頭が回らなかった。

 

すると父親が一言。

 

「えらいお義母さんやなあ、大事にせにゃあかんぞ」

 

それ以後、信子さんは義母に尽くそうと努めてきた。義母が余命宣告された時、本人のたっての希望に従い、自宅で看病に当たった。

 

周りからは「大変だから入院させた方がいい」と言われたが、恩返しのつもりで最期まで尽くし、みとったという。

 

<中日新聞掲載2013年7月7日>

 

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