ほっけダークサイド -21ページ目

社会の流れ

今日、就職活動の一環として、ある企業に登録をしようとした。そこで、自分のやってきたことを紙に書いて、提出しろというのがあったのだが、その中で卒業研究のことを書いていた。


まだ自分は卒業研究をしていない。それなのにそれを書けという。


絶対に無理だ。なぜそれを聞くのか、企業だって卒業研究が早くても3年後期普通は4年になってからということはわかってるはずなのに。


そして、考えてみればわかるが 提出した紙に「まだやってません」と書いてあるのと「こういったことをやってきました。次はこういうことを目標にして日々努力しています」とかいうことを書いてあるの、 どっちをとるかといったら後者であろう。


じゃあ企業は何を見たいのか、研究を早くやってる人がほしいのか。それとももう卒業してる人を拾いたいのか。


つまり、遅い大学はもうすでに及びではないってことだ。


自分の大学じゃだめってことで、つまり最初から大学がすべてを決めているんじゃないのかって思う。


大学ももっと今の就職活動状況を考えたことをしっかり行っていかなきゃいけないんじゃないのかなあ。


結局今の自分じゃだめなんだってこと。

わからない。

わからない。人の気持ちなんて理解できないのに、必死に理解しようとする。


好きになっても、ほんとにすきなのかさえわからない。


人なんて勝手なのに、みんなで行動したがる。


みんなが幸せであるなんて不可能なのに、


結局は多数決なのに。


がんばったって変えられないものは変えられないのに・・・・

テスト

テストなんてもので人は計れないというけれども、そんなことはない。結局人は優劣を付けたがる。そうして自分というものを確立していくものなんだと思う。


つまり意味のないものでもやらなければ人間社会では生きていけない。数学とかは特に言われるが、他の勉強だってそうだ。結局自分の必要なことをひとつだけやればいいはずなのに、とりあえず優劣をつけないときがすまない。


自分はそういったことが苦手だ。


人と競うというのは嫌い。スポーツとかそういったものならいいが、うちうちにたまっていってしまうような、そういうものが嫌いだ。


なくなればいいと思うがそんなことは絶対にありえない。


自分は誰にも必要なんてされてない。


だって競えないんだから、自分は自分だとかいうのは、どうみたって言い訳。


社会から必要とされてない。


自分がいなくても大丈夫。


自分がいない部分にだれかはいるんだから・・・


人はたくさんいるんだ。


仲間だってそうだ。自分がいなくてもなんとかなる。家族だってそうだ。自分がいなくてもどうにかなる。


結局だれもいらない。


自分も信じない。信じられない。人も信じない。信じられない。