人は何故飽きるのか、この事を説明出来る人はいったいどれぐらい居るでしょうか。
これはそれなりの知識が有って、いくつかの事象を組み合わせて考えれるいわゆる知恵があれば気が付くことなんです。
まずは「諦める」と言う事に対して説明をしてみたいと思います。
人間は本来、諦めると言う事を知らずに産まれてきます。
みんな産まれてきた時、最初は寝返りを満足にうつことすらできなかったでしょう。
始めから二本足で立ち上がり、全力疾走できた子供なんて一人として居ないでしょう。
そしてその幼少時、まずは寝返りを打てるようになり、そして次はハイハイをし始め、高速ハイハイになり、いつしか机や椅子やこたつの様な物に掴まり立ち上がれるようになります。
しかしどうでしょう、立ち上がった子供は綺麗に元に戻ること無く、こけておでこをぶつけたりとこけることがほとんどでは無いでしょうか?
こけて痛かったからとその子供は立つことを諦めようとするでしょうか?
私はこんなしんどいことをやってられないと努力を辞めるでしょうか?
そんな事はあり得ませんよね。
そうです、私たちは死ぬまで何があっても諦めないという能力を持って生まれてきているんです。
諦めると言う事は、大人や周りの人達が教えてしまう事なんですね。
なぜここで「諦める」というキーワードが出てきたのかという事です。
私たちは諦めることをしないということは、成長を望んでいるという事でもあります。
生物の本能として、「生きる事」「子孫を残す事」「進化をしていく事」が絶対的に存在します。
私たちは自分たちが生きていく事さえ出来たのなら、次に子孫を残そうとします。
子孫を残せてさらに安全がそれなりに保たれてきたのであれば、さらに良くしようという欲求が出てきます。
進化論を見ても解るように、魚の形が皆違うように、虫や植物が同じ物が二つと無いように、人間だって同じ存在が2つと無いように、多様性をもって進化成長という事を成す欲求があるんです。
そして成長とは、自分の中に経験を積んで寄り高みを目指し、子孫へとその機能を残して行くことを指します。
それが人間の場合、自然界で生きるために「群れ」という物を作り、社会という物を作ってきたため、社会的成長という欲求もあります。
同じ事を繰り返すと言う事は、積み重ねでは無くあくまで繰り返し、成長をしていないという事なんです。
それでは私たちの基本的な欲求が満たされず不満になりますよね。
だから私たちは、同じ事を繰り返していると「飽きる」んです。
納得頂けましたでしょうか?
私たちには「成長したい」という欲求があるんです。
もちろん食べ物に関しての飽きるも同じで、身体の健康を保つために栄養のバランスが悪くなってはいけないため、同じ物を続けて食べているとすぐに飽きてしまうのです。
例えば食べ放題の焼き肉に行った時、最後の方はお肉以外の物を食べてる人多くないですか?
刺激が強くて単調な物は、たった1回の食事の中ですら飽きてしまうのです。
それに対して、素材の味を活かし複雑で深みのある料理の場合は、ほぼ毎日のように食べていてもなかなか飽きることはありません。
それは栄養のバランスがとれていて、身体が欲する物だからです。
私たちは本能と共に生きているのです。
人生飽きることの無いように、死ぬまで成長しつづけて楽しく生きましょう!!
↓私の畑で採れたラディッシュ
