朝ごはん食べて、ちゃんと薬飲みました。

昨日、試しにデパス1mg飲みました。初めてですが、1mgなら確かに眠れそうですね。

安定剤で脳を活性化することは無理だと解りました。

うつ病になる手前の抑うつにはデパス0.5mgを毎食後で十分効果ありますが、本格的に抗うつ薬を飲みだすと、何の効果も得られない感じです。

そもそも、不安になって飲んだことなんてないですしww

疲れたから飲むという変わった使い方でした。

とりあえずは、ノリトレンをもっと増量する余地があるということだと思います。

次の診察まで19日。

それまではなるべくのんびり過ごそう。

森山直太朗のコンサートには絶対に行きたいので、6月までには体調万全にしたいですぅ。

寝ますね。

デパス飲んだし、良く眠れると思います。

お休みなさい!!

私はかなり重症のうつ症状とCFS症状があったため、2年前から障害基礎年金2級を貰いながら生活しています。障害年金は非課税なので金額そのままを受け取ることができます。

銀行のマル優制度も使っています。

精神障害者保健福祉手帳2級も持っています。

税金も障害者控除が受けられます。

周りはもう働いていたり、大学最終学年になります。

うつ病では障害年金はかなり厳しいと知っています。

私はその年金を貰って生きています。

勤労、納税の国民の義務が果たせないでいます。

それどころか、税金で生活しています。

もちろん働きたいですが、身体がついてゆきません。

そういう葛藤も心にきます。何で?何で20代らしく生きられないのって。

年金も法定免除で一回も払わずに受給しています。

それだけ、苦痛と社会的損失を被っているわけですが、考えると非国民みたいに思えてきちゃって...

遊ぶこともままならない。

一体何をしているんだと自分で思います。

でも、母校へ行くとみんな温かく出迎えてくれます。卒業して3年経ちます。アットホームなまるでファミリーのような個性豊かな先生方。良き理解者でもあります。

自分なんか学校に行く資格ありませんって校長先生に言ったことがあります。

周りは進学なり、就職の道を選んで自分は何も決まらないし決められなかった。

期待は大きかったのです。きっと大きくなって帰ってくるだろうと。

だけどそれができなかった。

卒業して、面を出すことなんてできないと思いました。

学祭の時に学校へ行った時は本当に温かく、担任だった先生も体調を気遣ってくれました。

そして何よりも嬉しいのは、校長先生が発した言葉。

「お前はお前じゃないか、お前のことはよ~く知っている。こうやってきてくれるだけで嬉しいんだから。頑張ってきた姿はちゃんと知っている。」

そう言われた時は泣きそうでした。

受け入れてくれる喜びは病気を持っている人にとってどれだけパワーを与えてくれることでしょうか。

生きていてくれるだけでいい。元気があったら気晴らしに顔を出してくれればいい。

そういう言葉を色々な先生方からかけられます。

いつになっても母校は母校なんだなぁって思いました。

それから、少し考え方も変わってきました。

今はまだゆっくり休んで回復を待とう、気長に待とうと。

最高の学校です。

元気な人はタバコを吸おうが酒を飲もうが全く異常なく過ごせる。病気知らずで生涯を終える人も。

一方、私のようにうつが発症したり、喘息が出たり、アレルギー、悪いところばかり。

健康に気を遣っていても意味がない。悪いものは悪いんだから...

本当に不平等だよね。

好きで調子悪くなったわけじゃないのに。

一気に色々な症状が出てくると、気持ちが落ちます。

何もかもどうでもよくなってしまうような気分に陥りますよね。

ただただ、もがいて生かされているだけ。

家族もそれを見て萎える。

ホント、不平等。

どうして、こんなにおかしいのだろう。

遺伝だから??

宿命からは逃れられないのかな。

できない自分がもどかしい。

私は全て悪いところどりで生まれてきたと思います。

物心ついた時から既に闘病していました。

うつ病だけじゃなければ、20年ずっと闘病ですね。

いいかげん嫌ですよ。

ホント、いくらでもお金払いますから、病気が治ってくれればそれで幸せだから。

彼女や恋人ができなくなるのと引き換えでも健康とりますよ。


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