私が何故、このブログを始めたのか真面目に書きたい。

しかし、読みたくなければ読まなくても良いです。深い悲しみがある記事です。読みたくなったら読んでくれて良いです。できれば読んで欲しいです。




そもそものきっかけは私の病気の経過を綴りたいということがあった。

それは他のブログで、プチというネームは使わずに書き記していた。友人限定みたいなような日記である。

したがって、薬剤名などは明記したことはない。病名も特には書かなかった。単なる日記に過ぎないものであった。

だが、私の同級生である友人がうつ病で亡くなった。

原因は薬物の過剰摂取(いわゆるOD)による死亡だと思われる。

彼はとても頭の良い男であった。ネットオタクというくらいパソコンに精通していた。情報なんて意図も簡単に得ることができた人間。

しかし、情報が氾濫しているネットの世界。彼は薬について間違った知識を吸収していたのである。

高校の時、彼は風邪薬を一ビン飲み干してトリップしたとか、薬で遊ぶことが好きな奴だった。

彼は大学に進学し、彼とは連絡が疎遠となった。桜の咲き誇る頃、彼がICUにいるという連絡が入り、急いで病院へ駆けつけた。

その時、親族から特別にICUへ入れさせてもらった。彼は意識がなく、人工呼吸で何とか命を繋いでいるのが分かった。

翌日も訪問した。峠は今日だと言っていた。そして、私は峠を越したと思い安堵していたのであるが、電話がかかってきた。

桜が満開になる頃に彼の死亡を聞かされたのである。私は、あの光景から正直その可能性もあると思っていた。

しかし、早すぎる死であった。まだ19歳なのである。

うつが酷く、病院へ行っていたという情報は他の友人の証言や親族の話で感づいた。

きっと、SSRIではなく3環系抗うつ薬を過剰に飲んだのであろう。

彼は薬に対する知識は間違った形であった。何でもODしてOKだという考えがあったのだと思う。

それか、うつにおかされて苦しさのあまりに薬を過剰に飲んだのかもしれないが、薬が関与していることは間違いないはずである。

当然、飲んでいた薬剤名など聞けるはずもないが、3環系を一気飲みした可能性がきっぱりと否定できない。

SSRIあたりならまだ安全だと思う。

そこで私は誓った、薬による死亡者をなくしたい...

更に、うつ病について正しい知識を吸収してほしい。

薬は遊び道具ではない。

彼の通夜から葬儀まで全て同行させてもらった。変わり果てた姿、冷たい。

泣くに泣けなかった。

葬儀の日弔辞を読んだ。

彼のためにみんな精一杯生きることを強く誓ったのである。

桜が咲く頃になると必ず彼のことを思い出し、身が引き締まる思いになる。

そういう出来事があってからは、薬に対する知識をたくさん学んだ。

たくさんの本、製薬会社、医師、薬剤師、kyupin先生など色々な方にお世話になった。

精神科の門前薬局には敵わないが、精神科領域の薬の知識はそこら辺の薬局よりも詳しい。

私は、薬による事故死、うつ病による自殺、それを防ぎたくてこのブログに参戦したのである。

もちろん最初は自分のことでいっぱいだし、PCが使えなかったのでケータイからの更新。

限度があった。しかし、今はPCが使える。

だから、おせっかいでうざがられても良いから、適切な治療を受けることや薬に関する情報を書き綴ろうとしているのである。

読者の方に嫌われていると解る人もいる。しかし、嫌われずに死なれるよりはマシだと思いコメントを残したりしている。

最後に、軽い気持ちでODなんてするな。

薬は遊び物なんかじゃないんだ。

簡単に死にたい死にたいって言うな。

ODして、激しく苦しみ、胃洗浄される、それだけでなければ昏睡状態に陥り、死ぬ。

どれだけ無念か想像できるか?死んだら二度と帰ってこない。復活することなんてないんだ。

SOSはたくさん出して良い、絶対に死なせないから。

私は医者でもなければ、カウンセラーでも薬剤師でもない。ましてや高卒人間である。ただ、実際に患者としての経験がある。人生の半分以上は病気の私。患者にしか解らない気持ちもある。それだけが私の原動力。

もう一度言う、ODしたら死ぬことがあるんだ。親の気持ちを考えなさい、生死をさまよう期間どのような思いでいたか。そして、どうして亡くなったかなんて言えない。苦しむのはあなただけではない。周りも苦しみを背負う。更には救急隊、医師、看護師にも迷惑がかかる。

これを読んで私の事が嫌いになってしまっても仕方がないと受け入れる。反発的コメントもあるだろう。それでも、一つの命のために私は書き続けたい。

癒しの場所としても、薬のことについても、あらゆる視点で書いていきたい。