こんばんは。
昨日無事に
夫の従弟の葬儀が全て終了しました。
この2日間で
もう暫く泣けないってくらい泣いた
昨日なんて泣きすぎたせいで
頭痛くて眠れなくなるくらい。
本当に辛かったし、キツかった。
お通夜の日は
仕事を早退させてもらいましたが
場所が遠かったので
結局お通夜には間に合わず。
お通夜が終わった直後に
会場に到着しました。
とても広く綺麗な会場で
お通夜には250人以上の
参列者が来たそうです。
平日のあの時間に
あの場所に
殆どが従弟の友達です。
従弟の素晴らしい人柄が
伺い知れました。
到着して、一番に
おばさんが駆け寄ってきてくれました。
「来てくれて、ありがとう」と。
11月に会った時より
さらに痩せられて
目も赤くなってて
かける言葉も見つからなくて
何も言えませんでした・・・
お焼香をして
やっと従弟と会えました。
数年振りの再会です。
生きてる時に会いたかったです
従弟はとてもイケメンでした。
俳優の東出昌大さんに
とっても似てます。
抗がん剤治療で
髪の毛も眉毛もまつげも
抜けてしまっている状態ですが
眉毛も綺麗に書いてもらったようで
鼻筋もスッと通ってるし
相変わらずのイケメンで
とても綺麗な顔で眠ってました。
本当に
変な言い方ですが
ずっと見てられるくらい
綺麗な顔でした。
従弟に骨髄移植をした
お姉ちゃん
要するに夫の従妹は
夫と会うなり号泣
夫が年賀状に
従妹も移植大変だったろうと
「お疲れ様」と書いたんだけど
それがとても嬉しかったようで。
もちろん夫も号泣w
そして私も
普段はあんまりないのに
もらい泣きして号泣
従妹からは
本人はものすごく前向きに
闘病していたこと。
かなりキツイ状態でも
家族や子供のために
頑張っていたこと。
でも本当は病気が発覚した時から
全ての項目の数値において
最悪な状況だったこと。
移植の後も
あまり良い状況とは言えず
年末もずっと深刻な状況で
亡くなる前日にも
本人にとっては
辛い話もあり
多分その話で
ぷっつり気持ちの糸が
切れてしまったのではないかと。
とても仲良しな姉弟だったので
従妹の推測が正しいと思います。
聞いていて
とても腑に落ちました。
そして
楽観的ではないけど
「死ぬことはないだろう」と
勝手に思っていた私たちにとっては
そんな壮絶な状況だったという事実が
本当に衝撃的でした。
11月に私たちがおじさん達の
家に遊びに行った時にだって
そこまで深刻な状態だとは
一言も言っていなかったし
そんなこと微塵も感じさせず
「あの子が元気になったら
一緒に北海道旅行に行きたい」って
話してたんです。
控え室に行って座ってたら
おじさんが来て
辛い状況なのに
ニコニコ笑いながら
他愛もない話をして
ずっと私たちとお話してくれてました
本当に関係ない話とか
夫の仕事の話とか・・・
でも途中で従弟の話になった時に
ウッと詰まってて・・・
後から聞いたら
本当はずっと
従弟の棺の側で泣いてたそうです
おじさんもおばさんも
そして従妹弟も
本当に優しい人たちなんです。
だからこそ
全てが終わった今
とても心配。
お嫁さんはお通夜の日は
かなり気丈にニコニコと来客の対応をしてて
かなり無理してるんだろうなとは
思っていたんだけど
昨日は相当きつそうだった。
お通夜の日は涙は見てなかったんだけど
昨日は告別式の時から
過呼吸になっちゃいそうなくらい
静かに肩震わせながら泣いてて
最後、出棺の前に
お花を棺の中に入れる時
もう倒れるくらいの勢いで泣き崩れてて
子供も5歳の子が
声あげて泣いてて
3歳の子は棺の蓋を閉めるまで
「ばいばーい」って
ずっと従弟に手を振ってて
もう本当、きつかった。
辛すぎる。
喪主の挨拶の時
お嫁さんが
震えながら呼吸を整えてて
その音が会場内に数秒だけど
ずっと響き渡ってて
泣きながら
震えながら
最後の手紙を読んでくれたんだけど
その内容がまた辛すぎた。
本当に家族が一番大切で
子煩悩でイクメンで
最高の旦那さんだったんだなと。
「後悔してることは
たくさんあって
感染症を気にして
最後まで抱きしめてあげられなかった
「大丈夫だよ」って
抱きしめてあげられなかった」と
泣いてて
もうね・・・・
辛いとか悲しいとか
そんな次元じゃなかったです。
その後、火葬場に行った後も
葬儀場に戻って来てからも
気丈に笑って対応してる時もあるんだけど
抜け殻状態になってる時があって
トイレでばったり会った時も
相当疲れたというか
もう見たことない顔してて
彼女はこれから大丈夫だろうかと
今日もずっと心配してました。
それから親友の方の弔辞。
人生最初の結婚式のスピーチも
人生最初の弔辞も従弟だそうです。
これもキツすぎた。
でもこの弔辞もまた
従弟の素晴らしい人格がわかる内容で。
そりゃ平日の朝の告別式なのに
とても多くの友人が来ていて
そりゃ来るよねって納得するくらい
素晴らしい人だなと。
あぁ、もっと従弟と
話しておけば良かったと
夫も義妹も言ってました。
その親友の方が
「君を失った悲しみや寂しさは
暫く消えないけど
この悲しみを僕たちはきっと乗り越えます」
って言っていて
自分が親友を失ったら
そんなこと言えるかなと。
きっとこの親友の方も
素敵な方なんだなと思いました。
帰り際に
従弟の子供達が
私と夫のところに来て
抱っこしてほしいと。
姪っ子達を
抱っこしてたのを見て
自分たちもやってほしいって
言って来て
3歳と5歳の子を
何回も抱っこしてあげました。
特に夫は
お父さんを失った
あの子達を見て
姪っ子たちよりも
今はこの子たちを抱っこしてあげないと
と思ったそうです。
一通り抱っこしてあげて
「また会おうね」って
言ってバイバイしてきました。
なんだか今回のことは
私ももちろんですが
夫もね
人生観が大きく変わったようです。
今後は
おじさんとおばさん
そしてたった一人の兄弟を失った
従妹と今まで以上に
仲良くしていけたらと
夫も義妹も話してたし
私もそう思ってます。
特に、おじさんおばさんの
悲しみは計り知れません。
おじさんなんて
結構いつも気丈で
穏やかなんだけど
昨日最後のあいさつの時にね
「本当はあの子の思い出話しなんて
話せたら良いけど
もう結構だめで・・・
これ以上話したら
泣いて話せなくなってしまうので」
って声詰まらせててね。
あーだめだ。
あんなに泣いたのに
思い出しただけでヤバい。
キツイ。
辛い。
ちょっと私も
暫く引きずりそう。
でもね
私と夫が泣いてるのを見て
わけのわかってない3歳の姪っ子が
ずっと私の手を握って
変顔して笑わせようとしてくれてました。
火葬場までのバスの中でも
ずーっと私の膝の上に座って
ニコニコしてて
小さいなりに
何か感じてたのかな。
姪っ子に救われました。
本当、人生いつ何があるかなんて
わからないね
だって去年の9月までは
まさかこんなことになるなんて
誰も予想してなかった。
それでも残された人は
生きていかないといけないから。
この先
お嫁さん、子供達
おじさん、おばさん、従妹夫婦に
たくさんの幸せが訪れますように。
1日も早く
心から笑える日が来ますように。
最後にちょっと話題変えよう!
土曜日は
姪っ子一家のファミリーコンサートに出ます!
ってことで
今日は朝からレッスン室借りに
行って来ました!
うーん
声がまだ本調子じゃないけど
なんとかなるかぁ?
とっても綺麗なところでね
朝一で行ったんだけど
1時間やって出たら
年配の方がたくさん居て
びっくりした!
みんな楽器持ってたりして
多分60〜80歳くらいなんだけど
グループでいる人もいて
とても楽しそうで
将来自分も年取ったら
こういう風に楽しめたら良いなと
思いました
朝一だったので
レッスン終わってから
モーニング
明日は義両親と
人形町今半に行ってきます!
胃薬飲んで挑むぞー!!!


