Pūt, Vējiņi 風よ そよげ -ラトヴィアへの道- -3ページ目

前から書こう書こうと思っていたブログ。

 

ついに今日、書くことにした。

 

いや、正しくは、書かざるをえないことが起きたのだ。

 

 

 

今年の4月から活動開始した、合唱だんだん。

 

この合唱団は、11月6日(日)、島根県出雲市にあるいずもビッグハートにて、島根の合唱音楽に新しい息吹を、という目的の下、コンサートを行うために集まった、企画合唱団。

 

練習は毎月二回。

そのうち一回は強化練習として土日の二日間練習する。

 

団員は松江市を中心とした若者がほとんどだが、中には嬉しいことに高校生、そして山口県や、広島県からも仲間が集まっている。(若者を集める予定ではなかったのだが、結果的にそうなってしまったのだ。)

 

今日、この合唱団でついに事件が起こったのだ。

 

今日、明日、と二日間の強化練習を組んでいたのだが、今日はなんと練習の参加者が私一人。

そう、公民館の一室を9:00~18:00まで、ほぼ一日借りたというのに。

私は一人で贅沢に一日、この部屋で過ごしたのだ。

名付けて、「ひとりぼっち事件」

 

今日は教員採用試験。それに挑むメンバーが何人かいたために今日はもともと参加者は少なかったのだが、練習開始数分前になると

 

「体調不良でお休みします。」

「今日は用事があるのでお休みします。」

 

ただでさえ少なかった参加者はラインの通知音とともに消えていった.....。

 

「はて、どうしよう。」

 

 

いろんな声が脳内に駆け巡る....。

反省、励ましの声、弱音。

色んな思いがごっちゃになってしばらく放心したけれど、

幸いなのかなんなのか、

昨日たまたま読んだオノ・ヨーコの「今あなたに知ってもらいたいこと」というエッセイにあったある話が何度も何度も私の声を分け入って入ってきた。

 

幼い頃から、興味があることを見つけるといつも「このことを文章に書かなきゃいけない」と思っていたヨーコ。

苦労の連続であった疎開中のときも、「これは、すごくいい材料だから、絶対いつか書かなくちゃ。」と母に言われ、よくない出来事が起こったときも「いつか書くんだ。」という思いのおかげで、悲しみにおぼれることなく自分を客観的に見る習慣を身につけていた、という話。

 

 

一日練習だったはずの合唱団の練習、たった一人、1,400円の場所を使いたい放題になってしまった事件。

もっと時間がたってから笑い話にしてしまえと、いつもなら思うけれど、ヨーコの話もあって、今日はなんだか、書くタイミングの気がした。

 

色んなことがうまくいかなくて、

これまで自分がふかふかのベッドに、汚いシューズを履いて汗まみれの服のままごろごろしていたことを知り、恥ずかしさと申し訳なさにおそわれた一日。

今年はそんなことが多いなぁ。

 

 

どうしようもない思いにひきずられながら電話した友達が

「神様がもっと大ごとにならないために、今教えてくれたんだなぁって」

って言ってた言葉がぐっとくる。

(すでに大ごとか。)

 

いろんな物事が、一人では何も出来ないことを肌で感じてきている。

当たり前のことがとても尊く、まぶしく見えるようになってきている。

こおいう大切なことを気が付くためにこの一日があったのだろう。