今日もやってしまった。

玄米コーヒー作り。


ぷーすみーの魔法-玄米コーヒー


何度も作ってみれば、腕が上がるはずと思っていた

けれど、回数を重ねるごとに、おいしくなくなっている。

熟練していないから仕方ないと諦めるか。

でも、どうして最初のほうがおいしくできたのだろう?

煎る量を欲張って、最初の2倍にしたからかも。

もう一度最初の量に戻して作ってみた。

やっぱりそうだ。なんでも適量というものがあるのだ。

まとめて作れば、何度も手間をかけなくていいなんて、

いつものめんどうくさがりがあだに。

いい素材を使っても、素材を活かす作り方をしなくては

材料さんに申し訳ないことをしているのだと気づかされた。


足元には及ばないけれど、調理人さんが手抜きせず、

丹念に食材に愛情をこめて料理を作る姿勢が少し実感

できたというか。


職場では、定期的に魚供養を行っていて、この習慣は

すばらしいなぁと思っている。

私たちは、日々動植物の命をいただいて生きている。

ついつい忘れがちだ。


なんでも物事の最初は、緊張しながら慎重に始めるものだ。

慣れてくると、最初のビクビクする不安とか、本当に自分に

できるのだろうかと失敗を怖れる気持ちをどこへやら、置き

忘れてしまう。

常に初心に戻ること。今日の教訓。


猛反省した私は、お掃除たびたびフライパンチェック。

ガラス窓を拭き、網戸を拭いた。

雑巾をすすいでは、フライパンの玄米をシャカシャカと。

真っ黒くろすけ。いつ拭いたのが最後か記憶すらない。

うぅ、網戸にしているのによく外が見える。

ってことは、目詰まりしていたってわけだ。

夏前に拭いておけば、風通しも良かっただろうに。

私の心も、ガラス窓の汚れと網戸の詰まりのように、

曇っているよと警告されたみたいだ。


熱しやすく冷めやすい。

断捨離、玄米コーヒー、お次は何のブームが

やってくるのか。

ブームで終わらない、深く情熱を注げるものを

期待したい。