何かで知った、ちょっと気になる遺構へ。
場所は伊予市、五色浜の彩浜館裏。
この地に港を築く際に、潮の干満を測るために造られたそうです。
港の名前は今では郡中港(伊予港)ですが、
当時は萬安港(バンアン)と言ったそうです。
萬(萬代、いつでも)安(安心、安全な)と、言う意味だそうです。
当時だと、~津とか言いそうですが、この遺構、港の名前からして重要な役割を担っていたのでしょうね。
さて、この辺りは郡中(ぐんちゅう)と、よびますが、この由来、寛永十二年(1635年)伊予市、砥部町、伊予郡一帯が松山藩から大洲藩になり、大洲藩の田舎の事を郡内と言っていたらしい。
そこで、郡内と同じに扱うと言う意味から郡中と言う地名になったそうな。
今ではひっそりしている伊予港の記憶。
興味のある方は訪問してみて下さいね!
(=゚ω゚)ノ

