力量、方法と倫理観 | push19but21のブログ

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例えば、スポーツなどの競技で、相手する者、者たち、が圧倒的な技量差があるという時は、おのれのベストを尽くせば良い、ってことだろう。

おのれのベスト、ってのは何か?

ルールの範囲内で、「工夫しなければ」ただ打ちのめされるだけ、かもしれない。
一方的にやられ放題。
それでは、競技してる、競い合ってる、とは言えないのでは?

相手を分析して、出し抜かなくては、競い合うことはできないんじゃ?

相手を分析した結果、弱点を見つけて、そこをついていく、という方法も当然あると思う。


しかし、汚い手、ずるい手、卑怯な手、を使ってでも、「勝ちゃいい」んだろうか?
勝ちを得て、それを「栄光を手にした」と言えるか?


駆け引きは否定しない。


力量の違いから、「勝つために何でもする」というのを否定します。


よく弱者で、卑怯なことをして、「当然」と堂々言い放つ者がいる。


よく女性が、「無抵抗」な者をいたぶるように。

女性は弱者なんだから、「いたぶる権利」がある、と考えている者がいる、男性でも、体格の恵まれない者が、「いたぶる権利」を持っている、と考えている者がいる。

弱者なんだから、いたぶられてきた。だから当然「いたぶる権利」がある、と堂々言い放つ者がいる。



不条理なことを我慢しろ、と言いたいわけではない。



我慢するな、「工夫しろ」とか言いたいんです。


同じ土俵で力量差が歴然ならば、叩きのめされないよう、違う土俵に行った方がいいでしょ?とか言いたいんです。


真っ正直に、真っ正面からぶつかるだけじゃない方法は?






手っ取り早く反則技を使ったら、
反則技でペナルティを受けるのは「あなた」のはずでは?







ま、ま、この世の正義が、あなたの正義というわけではありませんが。






弱者は力を合わせて、力ある者に対抗していけば、勝つ。
かもしれないけど、
1の力は1000集めても1000。
100の力を持つ者は100集めたら1万。
1万の力に対抗するには10の力も、50の力も巻き込まないと。
ひとつのものさしでも、勝つためには工夫が必須だと思うんです。