回りは言うのだ。
「甘えている」「だらけている」
複数の人間が複数の関与の仕方をしているのに、
自分という単数から見える景色で
「甘えている」「だらけている」
と判断を下す。
20年前も望まない薬物摂取をされて、翌朝麦茶みたいなオシッコが出るだけで、「何も変わらないから。」と言っていた人間は、
とっくに精神を壊していた自身の状態に気づくどころか、
「薬物」やらなきゃ、損、損。
「薬物」での性交は何事にも換え難い。
という始末だった。
「薬物」は翌朝麦茶みたいなオシッコが出るだけのモノ以外も摂取させられていた状態にあるのに、私の体調不良を
「甘えている」「だらけている」「ダメな人間」「スペックの低い人間」と判断する。
薬物だけじゃあない。
24時間365日監視状態にあることを、20年以上続けているストレスは、何事もなく過ごせると思っているのである。
そちら側から「勝手に」関与して来ながら、
「責任はすべて私側にある。」と言ってくるのである。
【やってられないよ!】
「私は 人 として、 人 らしい、 【人間】 らしい、生活がしたいんだ。」よね。
誰もがそう思っているかもしれないが、
「今現在の生活は、自分自身が望んでいた状態ではない。」んだよね。
びっこの、歯抜けの、パンピー、は
絶対に
「甘えている」「だらけている」「ダメな人間」「スペックの低い人間」で、
なければならないんだよね。
ましてや、
そちら側の人間より、まかり間違っても「絶対に」
「スペックが高い人間」で、
あってはならないんだよね。
あぁ、また泣き言だ。