Мくんと別れました・・・・
2週間くらいたちます。
ブログに書こうか、いつ書こうかと思っていたけれど、
今日やはり書くことにしました。
つきつめると、私の年齢や 周りの目が気になっていたそうです。
私はМ君より13歳も年上なんです。
とうの私でさえ自分の年齢は口にできないのに、М君、聞かれたら答えていたようです。で、
「なんでそんな年の人とつきあってるの?」と聞かれ、
「価値観が合うから」と答えると、
「そんなの若い娘でいくらでもいるよ」と言われ、
「そうなの~?!」となったそうです。
以前、占いで
「この人は、友達に注意しなさい。友達に誘われたら乗せられやすいから」と言われたっけ。
そして、どうしても同世代の女性とつきあってみたいって。
残念ながら、冬に3歳下のみかちゃんとつきあったのは、つきあったうちに入らないそうです。
こんな自分は ぷさぴさんを幸せにはできないから
ぷさぴさんの幸せを一番に考えて身をひくことにしたと。
私には、彼はすぐ自分の色情に狂うとしか思えないけど。
年齢のことで、今さら?!と思いつつも、
やっぱりね・・・って思いました。
だってね
最初からだれもが想像つきますよね。
私だって最初、断ったんですよ。
でも、Мくんだけは特別な気がして いい年して信じちゃったんです。
長野にいて付き合い始めて数か月のМくんは、今どきにめずらしい誠実さでシュレックのようなイメージでした。
大切な時期に親元を離れて海外にいたMくん、仕事も自然の中の小さな会社、いろんな日本の常識がわからなかったりしたけど、それは個性と思ってた。
М君のもっている素敵なところが輝いて、社会で活躍できるように、
一生懸命励まして、傷つかないように常識を教えて、応援してた。
私と別れてまで頑張っていたはずの就活、
本人がいうほど準備ができてなくて、面接練習したらひどいものだった。
自信を失わないように改良するのは本当~に大変だった。
あのままじゃ絶対採用になってなかったと思う。
本人、わかってないと思うけど。
自分が同棲したいと言ったから私が借り、自分はそんな気はなかったという私のマンションで、試験のたびにただで泊り、晩御飯、朝ごはんをしっかり食べさせ、靴磨き、ワイシャツにアイロンをかけ、自信をつけさせて送りだした。
本人は忘れていると思うけど。
内定でて私がほっとして号泣して、一緒にスーツ選んで、コート、ネクタイ、シャツ買ってあげて、就職したら、舞い上がってる時も、愚痴も、ひたすら聴いて励まして、
Мくん自身もすごく頑張って自信もついて 変わっていったけど・・・
それは、神様から預けられた私の家族になる人がと思っていたから、今が未熟でもと、一生けん命時間もお金も心もこめて育てていたんだと思う。
わがままにも、ひどい仕打ちにも我慢して。
私が先走って借りて引いたというマンションに、好きな時にきて、タダで泊って、3食食べて、冷蔵庫あけて、料理したいときはできて、
キッチンが使いづらいとか、クールマットがあついとか、カーナビが使いづらいとか、
自分でそろえもしないのに文句ばかり言って。
急須壊しても、自転車壊しても、本汚しても弁償したことなくて、
本1万円分くらい頼まれて注文してあげてもお金払わなくて、
就職内定したら、親御さんの次に私にご馳走してくれればいいよって言ったのに、
親御さんにも私にも、ご馳走などしてくれなくて
同棲したら自分は5万は払うよと言っていたので、
一人じゃ大きすぎる3DKに私は住み、
一人で家賃や光熱費を払っている。
今も毎月10万の散財。
1年で120万円。
実家にいたら、リフォームできたのに。
大食漢のMくんが来るたびに、8000円は食材を買っていた。
Mくんは冷蔵庫をあけて好きなものを食べ、材料で好きな料理をつくり、
つくってくれたことで悦に入り、
うちに泊りに来た時、1000円入れると自ら決めた缶には結局最後5000円しか入っていなかった。
ここは本当に居心地がいい、自分の別荘だといっていたけど、
別荘だったら、自分からお金はでるんだよ。
布団がいいといってくれたその布団も、わたしの親が揃えてくれたんだよ。
お正月に食べて感動していたすき焼きのお肉も、私の親が分けてくれたんだよ。
あなたが食べているもの、触っているものは私の親の援助が多いのに、
なのに、欲張りなあなたは、自分のつくった料理を 近所の親にもお裾分けしたいというと、「え~」といっていい顔しなかった。
私が毎朝ジュースに入れると知っているはずのにんじん、あなたが料理で使い切ってしまい、私が夕ご飯をつくっている最中に「Mくん買いに行ってくれないよね?」って聞いたら、「うん、難しいね」といった。
あの時、あなたと言う人が分かった気がした。
あなたは、会社も食事つきの安い寮だった。
まともに稼ぐようになった今も、
都心の駅近に5万円で賄い付きの寮に入っている。
昼ごはんは無料で会社の社食で食べている。
だから、人の出費ってわからないんだと思う。
本当に未熟で幸せな人。
無駄な時間だったなと思う。
付き合わなければ、当初の予定どおり実家のリフォームをして、
私は実家に一緒に住み、犬や家族も悲しませることなく、好きなレジャーや習い事もできたかもしれない。
いい年だから、別なちゃんと結婚に結びつく人と付き合えたかもしれない。
Mくんと付き合いだして、私は異性をシャットアウトしたし、お付き合いを申し込んでくれた人も数人は断った。
なにより、あんなに傷ついて周囲も心配させて・・・
散財させられ、心も疲弊した1年強だった。
もう、次の恋愛にいけないくらい心が疲れた。
もともと今年の1月からも思ってた。
Мくんの就活が終わったら、目の前から消えるって。
あの頃はヨリを戻したいと言ってくれたけど、
東京に勤めれば価値観も変わって、若い女の子と付き合うようになるって、私は分かっていた。
やはりそのとおりになった。
М君は「そんなに悪いことなの?ぷさぴさんは悪くないの?」っていった。
お付き合い再開してからは私 М君を大切にしていなかった
というか、どうしても好きと思えなかった。
Mくんが「好き」って言ってくれるたびに、
「そうなの~?」っていうしかなかった。
神様からいただいた大切なご縁、いつか立派になる
ということを信じたり、相手が未熟すぎて腹が立って、
無理だ~って思ったり。
女磨きしていなかったのは謝った。
М君があんなにいつも「ぷさぴさんには いつまでもきれいでいてほしい!」って気にしていたのにね。
体形なんて、たった1~2カ月でかなり変わってしまって(涙)
「あなたも2カ月で中年体形になれる!!」って本が書けそう(笑)
毎晩じっと座ってブログかいてたらね。以前、ピグにハマりすぎたМくんを罵った私なのにね。
途中から「まだ結婚て考えられない」と言いだしたMくんとつきあっても、
将来をまったく描けなくなって、精神的にもよくなかったと思う。
いろんな障害はあると思うけど一緒に乗り越えて、助け合って
人生を楽しもうねって言っていたころは、夢をえがいて形にして前向きになれたけど。
いつのまにか無気力になっていた。
М君と結婚を考えていた去年の11月までは、親御さんに会う時や、結婚式の時にМくんに恥かかせちゃいけないと思って、アンチエイジングにとても気をつけていたんです。その後は、食べれない、眠れない日々になるけど。
そんな人と結婚しなくて本当によかったねと友達に言われる。
本当にそうだ。
こんなことブログに書いて、Мくんには一方的で悪いけど、
交際中いろんな人に応援してもらって うれしかったし、
つらかった時も、周りのたくさんの人に支えてもらってありがたかった。
だから報告しないのは私には難しい。
Mくんには未練はまったくないけど、
これをまとめないから気持ちが前に進めないのかな、と思ったりも
心の中にあるものをたくさんだしてみました。
よほど疲れたようです・・・1年強のつきあいで。
とっても素敵な恋愛だと思っていたので、
出会いから大切に思い起こして、
悲しい部分も、これを乗り越えて今のアホで幸せな2人がある
っていうブログになるかと思って書いていましたが、
完全な錯覚だったようで、このように終わりました。
応援してくださったみなさまにも、ごめんなさい。