〜〜2日目〜〜

この日は日本からツアーの申し込みをしてました!!

それはDMZツアー

昼からはまだショッピングしたかったので半日コースにしました。



​DMZツアー  

プランとしては、、、

 臨津閣平和公園

・望拝壇

・自由の橋

・京義線長丹駅の蒸気機関車


▷DMZツアー

都羅展望台

第3トンネル

統一村のお土産屋さん


klookで予約しました。

約5500円





板門店のツアーは現在なくなってしまいました。




明洞駅に朝7時半に集合して市庁駅で解散したのが14時半でした。

随分前から参加してみたかったツアーですが感想はやはり良かったです!!行くべきですダッシュ





バスは満席🈵中国人の方と同乗🇨🇳

なので日本語通訳ガイドさんと中国語通訳ガイドさん両方の同乗されましたびっくりマーク

バス入って通路挟んで右側が中国人観光客の方、左側が日本人の方座るように言われましたデレデレ




日本人は私みたいにぼっちの人も男女共にいて全体的に年齢層は若かったように感じました。



ここで朝鮮半島の歴史についてガイドさんより説明がありました。

◯朝鮮半島は日本の1/3より小さい国土

◯赤い線は朝鮮戦争休戦後に引かれた軍事境界線

◯軍事境界線から北に2km.南に2km 非武装地帯(武器を持って入ってはいけない)が設けられている

東から西まで250kmの長さ

◯非武装地帯から更に5〜10km近く南下した場所に民間人統制区域があり、通常自由に立ち入る事が困難な場所。今現在も住民が暮らしている

その場所に位置する統一村に最後立ち寄る事。


◯この非武装地帯にも関わらず北朝鮮側が韓国側にトンネルを掘っていた。

これまで4つ見つかったが他にも何十箇所あると想定されている

◯このツアーでは3番目に見つかった第3トンネルに行く



私達は朝鮮戦争と言いますが韓国の人は韓国戦争と言うそうです。



さて、いよいよバスに乗り込みますランニング

ソウルから直線距離で西端にある北朝鮮🇰🇵との軍事機境界線は約50kmしか離れておらず、バスで行っても約1時間10分程で着きます。


まず、最初の目的地


臨津閣平和公園🕊️へ


2018年に出来たケーブルカー

これに乗ると目の前にある臨津江を渡り私達が立っているここ民間人統制区域からDMZ内に入る事が出来るようです。

臨津江を渡ると旧米軍基地キャンプグリーブスがあり、展望台や資料館等あるとの事

今回は利用しませんでした。

ガイドさん曰く、これから行くDMZ区域には1日に入れる人数や時間帯が決まっていて、バスが入る順は先着順らしく、私達は10時の予約に間に合ったと話されていました。混み合っていたら13時とか過去にあったそう… 

早い時間が取れず時間稼ぎしないといけない場合時間調整でここのケーブルカーを勧めるそう。この辺りでは、鰻、白豆、高麗人参が産物。特に鰻は上質のものらしく全国的から食しに来る程有名だとか。




世界の戦地から集められた石🪨

この中には広島、長崎、沖縄のものもありました。

また『元寇』の時代の石も展示されていました。

戦争はあってはならない🌎と言う願いを込めて作られたそう。



平和の鐘🔔

この鐘は朝鮮戦争の時に使われた武器を溶かして作られた鐘🔔

今でも使われていて、日本で言う『除夜の鐘』として大晦日に鳴らされているとか。あと臨津閣平和公園では年に2回平和マラソン大会が行われその際にも使われているとか。




望拝壇(マンべダン)

朝鮮戦争により南北分断の為今でも家族がバラバラになり会いたくても会えずにいる人々がいます。離散家族と言います。人数は正確にはわかっていないと言われていました。北朝鮮に残された家族に対して祈りを捧げる場所で一般人が自由に行ける場所になります。現在では、離散家族も高齢化が進み参拝しに来る家族も減り、北朝鮮が故郷ではない人でも誰もが参拝出来るように臨津閣公園から臨津閣平和公園へ改名したそう。


ちょっと聞いて…真顔

日本人ガイドさんの解説を聞き、居た堪れない、胸が締め付けられるそんな気持ちになりました。

私達が真剣に聞いている側で、ド派手の服装の中◯人達がにっこりフェイスやピースをして写真撮影🤳

それも私達が解説を聞いている中、堂々と前に出て来て長々とムキー

とてもそんな気分にはなれない場所だった。どんな気持ちで撮ってんのかね。ここはディズニーランドじゃないんだが真顔ムカムカ





韓国の国営放送が建てた、1983年に離散家族を探しだすための記念碑。韓国のテレビやラジオで「離散家族再開キャンペーン」が行われ当初3日間の予定が大反響により138日間も行われました。

家族に会えた時の人々の泣き声はもはや人間の泣き声ではなく動物の呻き声のようだったと言われていたのが私自身とても印象的でした。




自由の橋

1953年に一旦休戦協定が結ばれて13000人近くの北の捕虜になった人達が自由万歳を叫んで渡り南に帰還した場所。当時の木造を再現したレプリカになります。現在は鉄橋となり、北朝鮮まで続いています。残念ながら以前はもう少し先まで進めたみたいですが中に入る事は出来ませんでした。



京義線長丹駅の蒸気機関車

朝鮮戦争の際に韓国はわずか3日で釜山周辺まで攻め込まれてしまう。そこで国連軍に助けを求め参戦。国連軍への物資供給で使われた機関車が敵の北朝鮮に見つかり、北朝鮮にやられる前に自ら壊してしまおうとの事で韓国軍が銃で撃った爪痕が今でも痛々しく残る蒸気機関車



穴は全て銃痕です。

機関車は日本の財閥である三菱と住友が開発したものらしいです。日本統治時代の1940年代のものらしいです。

それまではアメリカから輸入していた機関車ですが国内生産するようになったとか。





左の矢印は開城(ケソン)

北朝鮮第三の都市らしいです。

分断前はソウルから開城を通り平壌まで繋がっていた線路。

開城と言うと開城工業団地がよくこれまでニュースで取り上げられていたのを思い出します。

ここから北朝鮮まで続く線路があったそうですが今は行く事は出来ません。



朝鮮戦争で崩れてしまった橋『トッケ橋』が近くから見られます。切符を買って進んでみました。


⭕️は朝鮮戦争で受けた銃痕です。

この橋も日本がかけた橋らしいです。


当時、激戦だった事がわかります。

左の橋は先程述べた北朝鮮まで続く『自由の橋』




周辺は激戦区となった場所とは思えない程の長閑


先程の機関車があるところまで戻って来ました。

人々が統一を願いリボンにその願いを書いて結ぶそうです。

写真はないのですが、この隣に慰安婦像がありました。ソウル市内にもありますが、こちらは2人並んでいてここ臨津閣平和公園のみだそう。

1人は北朝鮮と統一できた際に北朝鮮に置く用に準備されているそう。

なんでこの場所に作るのかと国内でも賛否両論あったそうですが、戦争により犠牲になった女性と言う意味のようです。



売店がありました。古切手が売られています。レトロ感満載ですね。オリンピックの記念切手にかにものもあります。


⇩個人的にこのユニークな金正恩の絵葉書を購入したかったのですが聞いたら7000Wとの事でびっくり

諦めました。

金正恩は確かロケットマン🚀と言われていましたね笑


北朝鮮の当時の紙幣です。

今は経済破綻し通貨はほぼ機能していないようですが金日成時代の古い紙幣が売られています。勿論本物です。

私は息子達のお土産に若かれし頃の金日成将軍の手前の紙幣を購入。22000Wしました。

今回のツアーで紙幣に出会えたのはここだけだったかなアセアセ

安くはない買い物ですが唯一のDMZのお土産になりました。



黄色く写っているものはここの建物内の売店に売っていた鍵🔐

願い事を書いてこのDMZのモニュメントに施錠してます。ソウルタワーの恋人の聖地のに似てるグラサン

私もして来ました。

戦争のない世界になりますようにお願い



臨津江が見えます。向こう側はDMZ.北朝鮮へと続きます。



そろそろバスの集合時間🕑

ここ臨津閣平和公園は飲食店や売店があります。

次はケーブルカーに乗って向こう岸も行ってみたいです。

『太陽の末裔』のロケ地にもなったようですおねがい




長くなったので次回に続きます…