94年北朝鮮危機のお話 2024/05/3094年北朝鮮危機。 左派リベラル派の米民主党クリントン米大統領が空爆を決断した。 ところが細川護熙は狼狽えて、自民党の渡辺ミッチーに「私ではとても手に負えません。あなたやって下さい」と泣きついた。 韓国の金泳三も強硬に反対した。 そんなこんなで戦争屋のビル・クリントンもあきらめた。 細川護熙はその後60歳で定年だと言って田舎に引っ込み、テレビも新聞も断って陶芸家・茶人となり余生を過ごしている。