FT有力紙「香港は終わった」 2024/03/29 | プルサンの部屋(経済・世界情勢・株・通貨などを語るブログ)

「香港は終わった」フィナンシャル・タイムズのコラムに香港政界が震撼した切ない事情
英「フィナンシャル・タイムズ」に香港をよく知るコラムニストが寄稿した「香港は終わった」というタイトルのコラムで、香港社会が震撼している。さらに中国からも、かつて「世界の金融センター」と呼ばれていた香港を「遺跡」と揶揄する声が出現している。
本当に香港はもう「終わった」のか、「遺跡」になったのか。

英国の有力紙であるフィナンシャル・タイムズで金融の専門家が「香港は終わった」
「It pains me to say Hong Kong is over」(私にとってつらいことだが、香港は終わった)
こんなタイトルの寄稿文が2月に英「フィナンシャル・タイムズ」に掲載され、香港の政界を震撼させた。

執筆者はスティーブン・ローチ氏だ。
彼はモルガン・スタンレーの元アジア地区首席アナリストだ。
2007年から2012年にかけて香港を拠点に、業界ではどちらかというと中国や香港に対して楽観的、好意的な論を展開してきた金融専門家として知られてきた。
その彼が今になって「香港は終わった」と堂々と書いたのだから、香港政府トップは当然穏やかでいられるはずがなかった。

ちょっと先走りするが、ローチ氏の寄稿文はこんなふうに終わっている。
1980年代後半に初めて香港に降り立ったときのことが、忘れられない。
旧カイタック空港での急降下には仰天させられたにもかかわらず、すぐにわたしはここのビジネス界の並外れたパワーに魅了された。
当時の香港人たちはビジョンも戦略も持っていた。
中国は台頭し始めたばかりであり、香港は世界最大の発展の軌跡において大きな受益者という絶好の立場にあった。
そして、それは人々が予想した以上に素晴らしい成果をもたらした。
それが、今は終わってしまった。
この言葉には、うなずけるところがある。

コロナ対策終了で香港政府が始めた
「ハロー香港」キャンペーンもオワコン?
だが、香港政府は2022年末に厳しい出入境制限を続けていたコロナ対策終了を宣言すると同時に、李家超・行政長官が先頭に立って「ハロー香港」と銘打ち、観光客や外資企業の誘致キャンペーンを仕掛けてきた。その「ハロー」に向かって「オワコン」などと返されれば、そりゃあ腹も立つ。香港政府内で「海外向け宣伝隊」の異名を取る葉劉淑儀(レジーナ・イプ)議員が、真っ先にローチ氏にかみついた。

「ローチ氏は香港を離れてからもうしばらくたつはずよ。最近の香港のにぎわいぶりを見てから言ってほしいわね」
これに対しローチ氏はブログで、自分が2023年に3回香港を訪れたこと、そして寄稿文はそのときにさまざまな人と会い――旧知の一部はすでに香港を去っており会えなかったと述べ――香港についてさまざまに意見を交換した上で書いたものだと反論。
実際に氏がその3回で公開イベントに出席していたことも証明された。

葉劉議員はそれでも納得がいかなかったようで、今度は中国の英字紙上で「ローチ氏は典型的なビジネスマン。香港でお金が稼げなくなったから香港をたたいているだけ」と非難。
これに対して現在米エール大学で教鞭をとっている同氏は、「なぜ彼女はわたしにこんなに執着するんだ? わたしはもう10年以上も前にビジネスの世界を離れているのに」と、X(旧Twitter)で切り返した。

世界の金融センターだったのは昔の話
今の香港は「兵馬俑」
だが、多くの人は、このローチ氏の発言に既視感があった。

昨年夏以降、中国のSNS上で「香港は今や『かつての世界金融センター』であり、すでに兵馬俑(へいばよう)などと同じ『遺跡』になった」という発言が出現、「香港世界金融センター遺跡」論が大きな議論を呼んだからだ。

 特に、香港株をにらんできた中国人個人投資家たちは辛辣(しんらつ)だった。
金融インフルエンサーは、香港の株式市場インデックスであるハンセン指数は、「とっくに(香港の主権返還時の)1997年のレベルに戻った」と述べ、「遺跡と呼ばれても仕方ない」と強調。

中国国内で飛び出した罵詈雑言に慌て、香港立法会では議員から、「中国のネット企業に働きかけて書き込みを削除するか、ブロックさせるべきだ」などという日頃は「ネットの自由」を標榜している土地としては本末転倒な発言も飛び出した。

だが、実際にコロナ以降の香港株式市場の不振ぶりは香港人ですらも逃げ出すほどで、「いまさら香港株に投資するなんてアホだ」などと公言する香港人インフルエンサーも少なくない。
新聞の投資コラムでも堂々と米国株投資へとくら替えを勧めていたりする。
「巨大な中国市場がバックアップ」「八大センター化」
「安定したガバナンス」で株式市場が盛り上がるわけもない

彼らによると、香港市場は2021年5月以降わずか2年間のうちに17兆香港ドル(約324兆円)の資金が「蒸発」したといわれる。
かつて中国の上場ブームに押し上げられてきたIPO(企業の新規株式公開)資金調達額も、昨年は世界トップ3から脱落しただけではなく、インドに抜かれて世界6位に転落している。

これに対し、中国政府系の論客が「香港は巨大な中国市場にバックアップされ、国家戦略に牽引され、八大センター化という位置づけで、安定したガバナンス下にある」と反論してみせたりもした。
さらに「祖国にバックアップされ、世界につながること、それが香港独特の優位だ」という習近平の言葉まで引用して、「香港国際金融センター遺跡」論を否定した。

ここでいう八大センターとは、国際金融センター、国際海運センター、国際貿易センター、国際資産管理およびリスク管理センター、国際イノベーション・テクノロジーセンター、アジアパシフィック地区国際法律紛争解決サービスセンター、ブロック知的財産権貿易センター、中外文化芸術交流センターのことだ。
だが、その多くが香港産業界にとってなじみのないもので、その実現性や実効性に疑問の声も上がる。

 もちろん、個人的に損を被った投資家たちの憤懣はそんなスローガンで一掃されるわけもなく、さらにはその後、「かつての国際金融センター」などと悪乗りした香港株式取引所付近の写真がネットにアップされたり、香港旅行を「遺跡見物」などと揶揄したりする人たちが続出している。

「中国政府や香港政府トップは批判に対してすぐに香港の『安定性』を強調するが、安定した株式市場でもうけることなんてできない。株価は波乱があってこそなんだよ」と、香港人金融コラムニストも説いている。

重要案件である“コロナ後の経済立て直し”は中国政府に依存した政策ばかりを優先
それにしても、西洋人に「オワコン」と言われ、中国人にも「遺跡」と呼ばれるようになった香港で、出てきた対応策が「書き込み削除」とは……そう思ったのは筆者だけではないはずだ。
この挟み撃ちとも言える「打撃」に、香港庶民も反論の声を上げることができずにいる。
というのも、2月28日には今年の財政予算案が発表されたが、コロナ以降悪化する財政赤字額が昨年、予想されていた額の2倍近くに膨れ上がったことが明らかになったのだ。

陳茂波・財政長官は、赤字対策として高額所得者への増税、たばこ税の引き上げ、そして一部土地開発計画のいったん停止などを発表した。だがその一方で、中国政府の肝いりで進められてきた中国・深センとの接近を図る「北部都会区開発」計画には全く手を付けず、予定通り推進すると宣言。
さらにそれらの財源を集めるために今後、年間950億香港ドルから1300億香港ドルの債券を発行することを明らかにした。

 これが、これまで「安定した財政」が自慢だった香港人に、「今後は借りた金で借金を返しながら暮らすのか」と不安を巻き起こしている。
特に指摘されているのが債券の返済が始まるのが2027年以降、つまり陳財政長官の後任が就任してからだという点だ。
コロナ後の経済立て直しはどの国の政府も直面している大きな課題だが、香港がこれまで得意としてきた、あるいは優位となる説得力のある政策ではなく、人材不足や再開発計画も、また資金誘致にしても中国に依存した政策ばかりが優先されていることに、市民のみならず産業界も不安がにじむ。
そして、皮肉なことにそれこそが冒頭にご紹介したローチ氏の寄稿文が指摘している「中国要因」でもある。同氏が言うように中国経済の不景気はすでに明白であり、まだその中国に頼ろうとする香港政府高官による「自治能力不足」(ローチ氏の根拠・その2)も、証明されてしまった。

東南アジアではシンガポールが「独り勝ち」
米中関係の悪化が香港に及ぼす影響
そして、ローチ氏は3番目の不安要素として「世界的要因」も挙げている。特に中米対立がもたらすネガティブ要素による影響は大きい。
例えば、3月初めにシンガポールで行われたテイラー・スウィフトのコンサートに、同国政府が公演1回につき約270万ドル(米ドル、以下同)の補助金を出すことで独占契約を結んでいたことが暴露された。
一方で、その経済効果は合計2億ドルから3億ドルに上るとみられ、シンガポールの「独り勝ち」に東南アジア各国は騒然となっている。
シンガポールを「ライバル」とみなす香港でも、これは大きな波紋を呼んだ。
しかし香港政府は、「コンサートは民間が誘致するもの。政府予算をつぎ込むことはしない」と“武士は食わねど高楊枝”ぶりを貫いている。一方でサッカーのメッシ選手誘致(https://diamond.jp/articles/-/338706)には1500万香港ドル(約190万ドル)を拠出しようとしていたのに……。

それもこれも、米中関係のハードルが関係している。
テイラー・スウィフトはやはり米国人歌手だからだ。
さらに英国人歌手であるロッド・スチュワートまで香港で予定されていたコンサート開催をキャンセルしたことが大きなニュースになった。
もちろん、公式な説明では政治面での理由は挙げられていない。
しかし、現地関係者の誘致力(先見性)や経済力、そして政治などの問題が重なれば、主催者側も二の足を踏むのはビジネスにおいて自然なことである。
 だからこそ、香港をよく知るアナリストによる「香港は終わった」論には香港全体が震えた。
だが、鼻息荒く香港政府高官が反論する「香港の優位」は、本当に実効性のあるものなのか。
今、世界は本当の香港の実力を見守っているところといえるだろうか。
以上