ユーゴスラビア社会主義連邦共和国は、かつて南東ヨーロッパのバルカン半島地域に存在した、南スラブ人を主体に合同して成立した国家の枠組みである。
1984年(2月)サラエボ五輪として、共産圏で初めて冬季五輪が開催された。
その後、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争ぼっ発を機に内戦が続き、日本でいうコソボ紛争による空爆が激化していった。
サラエボ五輪の約10年後、ユーゴスラビア連邦が消滅し、第1次世界大戦以前のほぼ同じ部分の国々に戻った。
そのユーゴスラビアに関して、現在もなお、問題が解決されていない。
中東の航空会社(EDiHAD Air)のクルーにセルビア人の女の子がいて、ベルギー国籍を持ってる。
彼女はコソボ紛争で母親とベルギーに逃げ難民。
スタイルが超よくて、美人でした。
ユーゴ紛争特別法廷 コソボ大統領らを戦犯訴追 妨害行為受け公表
【ウィーン=共同】旧ユーゴスラビア・セルビアからの独立をめぐる1990年代末のコソボ紛争時の戦争犯罪を裁く特別法廷(オランダ・ハーグ)は24日、コソボのハシム・サチ大統領らが人道に対する罪と戦争犯罪で訴追されたと発表した。
サチ氏は紛争当時、コソボの多数派民族アルバニア系の武装組織「コソボ解放軍」の政治指導者で、同組織を基盤とした有力政党「コソボ民主党」の出身。
100人近くを殺害した疑いなどで、同党のベセリ党首らと共に訴追された。
コソボは2008年に一方的に独立を宣言し、セルビアと対立が続いている。サチ氏は今月27日に米首都ワシントンのホワイトハウスでセルビアのブチッチ大統領との会談に臨む予定だったが、訴追を受け米国訪問をとりやめる方針を示した。米側によると会談にはコソボのホティ首相が出席するというが、双方の関係正常化は曲折が続きそうだ。
訴追容疑には迫害や拷問、拉致行為も含まれており、被害者はセルビア人やアルバニア人ら。訴追は4月24日だが、サチ氏らが法廷への妨害行為を繰り返していたため、公表したとしている。
紛争中には、セルビア系住民の拉致や臓器密売などが行われた疑いがある。
特別法廷は欧米主導で、コソボ国内法に基づきハーグに設置された。