亡くなる2週間前のあいちゃんです。
ガンを発見したのが2009年10月1日。
発見したのは、ワタシでした。
おなかに2つ小さなしこりが。。。
今思えば、この時に病院に連れて行けば、
最後の酷い姿にはならなかったのかもしれないなと。
悔やむ気持ちは拭えないけど。。。
もしも、その時に手術しましょうなんて言われたら、
もっと後悔したかもしれない。
しこりが大きくなってきて。
最後には、破裂してしまいました。
最後の最後は肺に転移してしまったようでした。
それは色々調べた上で、わかっていたこと。
それが、あいちゃんにとって痛みがあるのか、
どれくらい苦しいのかは、わからなかったけど。。。
しこりが破れてからは衰弱が驚く程早かった。
だけど、本人(猫)は亡くなるその日まで、
よくわからない、という感じでした。
ただ、よく、淋しそうに鳴いていたのが不安の証だったのかもしれません。
18日火曜日。
実家の母から「ご飯をたべなくなった」と報告があり、仕事帰りに行って来ました。
痩せて、ヨタヨタして。。。確かに痛々しかったけど。。。
一人暮らしをしている私は、最後の時に居られるとは限りません。
「最後かもしれない」と思ったので、たくさんたくさん「ありがとう」を伝えました。
「また来るからね、待っててね」と。
帰り際、ワタシが、ご飯をあげたら、汁をなめるだけだったけど、
わりとガツガツと食いついてくれました。
もしかしたら…気を使ってくれていたのかな?なんて。
それを最後に、一切の食べ物を口にしなくなったそうです。
最後は歯も悪くなっていて。きっと腎臓も患っていたんだろうと思います。
足の浮腫みも、ハンパじゃありませんでした。
人間ほどの痛みは感じない、と聞きましたが、
それでも、痛くないわけがありません。
じっと耐えて本当に、エラいなと思いました。
最後の日まで、トイレは自力で行きました。
間に合わなかったこともあったけど。。。
19日は、良くも悪くも変わらない、と連絡があったので、気にはなったけど実家には行かず。
20日の朝、母が出かけようとしたところへ、あいちゃんがヨタヨタと一生懸命歩いてきて。
玄関のトイレで「にゃー!にゃーーー!!にゃーーーーーー!!」と叫んだそうです。
それまで、か細くしか鳴かなかったのに。。。そして、トイレに横になったと。
母は、「さよなら」って言ってるみたいで、大慌てで用事を済ませて帰宅。
すると、父の布団の上で力なく横になっていたそうです。
その状況をメールで知らせてくれました。
また、帰りに行こうと、半日そわそわしながら仕事して、
定時と同時に会社を飛び出しました。
雷が大嫌いな私とあいちゃん。
この日はすごい雷雨でした。
普通なら私は、雷が去るまで、待機しますが、
この日は無我夢中で傘もささずに走りました。
実家の母はこの日はどうしても外せない用事があって、不在でした。
父がお休みを水曜日から木曜日に変更してくれていました。
あいちゃんが一人で旅立つことのないように。
実家に着くと、あいちゃんの元へ急ぎました。
あいちゃんは、にゃんこベッドの上で、一生懸命呼吸をしていました。
私が声をかけると、頭を上げて、起き上がろうとしました。
「いいよ、しんどいでしょ」となでなでして寝かしてあげて。
眼は瞳孔が開きかけて、焦点が合わず。。。目が回っているようなカンジでした。
何度も起きようとして、でも起き上がれなくて。。。
私が、トイレに立つと、力を振り絞って起き上がろうとして、
後ろ足に力が入らなくて父に助けられて。
そこからは気力も無くしてしまった感じでした。
呼吸も明らかに変わりました。
もう、お別れはすぐそこなんだと、認めざるをえない状況でした。
いつも寝ていた父の布団の上に行きたがったので、寝かせてあげました。
(それで父が眠れなくなったんだけど・笑)
何度も苦しそうに鳴いて。父と二人でなでてあげて。
少しだけお水をあげようと。
ストローで少しだけ口に入れてあげると飲み込んで。
だけど…すごく苦しそうに鳴きました。
いいのか悪いのかわからないけど、水を口にしたあとは少し眼が戻るんです。
だから辛いかもしれないけど、少しだけ与えました。
もがいて、泣き叫ぶあいちゃんに
「もうちょっと頑張って!お母さん帰ってくるまで待っててあげて」と。
「お母さん、大好きだったでしょ?ちゃんとありがと言わないとだめでしょ?」って
そうすると「にゃー」って鳴くんですよ。
あいちゃんが頑張れるようにずっとそばで励ましていました。
撫でながら、思い出話して。
「お菓子が大好きだったよねー」
「カーテンから落っこちてきたよねー」
「チョコレート大好きだったよねー」
「キャンプ行って、居なくなっちゃったこともあったよねー」
等等。。
「ねー」って言うたびに「んー」ってこたえてくれて。
「大好きだよ」
「あいちゃんと一緒に居られて幸せだったよ」
「あいちゃんは幸せだった?」
あいちゃんは「にゃー」って大きく鳴いてくれました。
わかっていたのか、「うるさい」って言っていたのか(;^_^A
ただ単に苦しかったのかはわからないけど。。。
母が帰ってくるまでの2時間がうんと長く感じました。
母が帰宅して。帰るつもりだったけど、帰れなかった。
母と私であいちゃんのそばにお布団敷いて、
私の手をあいちゃんの枕にして、母はあいちゃんの手(前足)を握って。
うとうとしては苦しそうに鳴くあいちゃんに「寝ないで!!」と起こされ。。。
それを何回か繰り返して。
それまでとは明らかに違う発作が起きて。。。
本当に苦しみました。
「頑張ったね、えらかったね、ありがとう、もう、ねんねしなさい」
そう言うと、あいちゃんは2・3回咳のような鳴き声を上げて
息を引き取りました。
母のほうを向いて寝かせていたので、その苦しむ顔を目の当たりにした母は
辛かったでしょう。。。
午前1:27のことでした。
家族みんなでわんわん泣きました。
散々泣いて。。。だけど
「もう、苦しくないね」って少しだけ安心しました。
硬くなる前に、目を閉じて口を閉じて、身体をキレイに拭いてあげて。
キレイなタオルに包んであげました。
サムちゃんは、何が起こったのかわからず、直視しませんでした。
だけど、なにか大変なことがあったということは理解していたようで、
ずっと怖い顔していました。
翌日、夕方、仕事から兄が戻るのを待って。
あいちゃんとのお別れをした後、自宅の庭に埋葬しました。
18年半。長い猫生でした。
もう実家に帰ってもあいちゃんはいません。
淋しいけど。。。
よく頑張ったから。たくさんの幸せをくれたから。
ようやく、痛みも苦しみもない世界で、走り回っているんだと
少しだけ安心もしています。
クロのときのような身を引き裂かれるような苦しみはありません。
あいちゃんがいることは日常でした。
たくさんの思い出がありすぎて書ききれません。
それだけの思い出を作ってくれたあいちゃん、ありがとう。
クロちゃん、今頃きっと、あいちゃんのお乳にチュッチュしてるんだろうな
あいちゃん、クロちゃんをよろしくね。
お姉ちゃんがそこにいくときまで、クロと一緒に待っててね。
そしていつか、虹の橋
の前で、会おうね。
それまで、お空から、見守っていてね。
ありがとう
あいちゃん。
お疲れ様