夫が癌と発覚して以来、どうしても私が成し遂げたいと思ったのは、いつかそうなってしまう日がきてしまったら、夫の希望する場所で安らかに何の心配もなく旅立てるようにする事。
夏頃、夫は本当に最近まで手術の可能性を信じていたから、とても慎重に配慮しながら、最期はどこで迎えたいのか聞き出した。
家族には迷惑かけたくないので絶対にホスピス。在宅での最期は嫌だ。でも、ギリギリまで家で過ごしたい、という内容だった。
5月の支援センター相談の際、地域連携のタイミングは大体抗がん剤無効判定の時、先生からきっと指示がある、と聞いていた。その間、自分なりに色々調べて、近所のホスピス、在宅医療対応クリニックにどんな選択肢があるのか、ある程度見当をつけていた。ギリギリまで家にいてもらいたいから。特に世の中はいざ知らず、病院はコロナ体制。会えないのはどうしても嫌だ。
8月初旬くらいか、先生から携帯に電話があった時に、地域連携の話をそろそろしなくて良いのか?とこちらから切り出した。そうですね、では次のアブゲム開始のタイミングにセットしましょうねー、との事。
ところが、その後チューブ内ろう化入院の後、立て続けに緊急入院となり、地域連携の話は宙ぶらりんのまま。そうこうしているうちに、電話越しの夫の声はどんどんか弱くなっていく。
9/26、もう待てないと役所に行って介護保険の申請用紙を貰い、使えるサービスの説明を聞いてきた。夜、定時連絡の時に、夫に居間に電動ベッド搬入しよう?と提案してみた。返事はなんか上の空、賛成も反対もなかった。