作品番号 754


みゃーさんこと美也さんは近所の短大に通う看護師の卵。

そして僕の寮の大家さんである。

いつも朝早くからせっせせっせと竹箒を動かしている。和服にたすきを掛けて、かかとを浮かせながらボブスタイルの黒髪をゆらしているのだった。小動物を思わせるぴょこぴょことした動きで、ボロい平屋のまわりを綺麗にしてくれている。

掃除がおわれば次は炊事。元気じるしのスマイル一丁をもって、僕たちにオニギリと味噌汁、おひたしと季節の焼き魚を食卓に振る舞うのだった。

「元気のミナモトですか?」

みゃーさんは『そぉ〜ですねえ』とほっぺたに人差し指をもっていって、

「おてんと様と、みんなの健康ですよ」

と八重歯をみせて、ニコっと笑う。

それにしても、看護師の勉強って大変そうだ。寮母さんなんかやってる暇はないんじゃないか。じっさい、『調べものをやりませんと〜』と目を回していた場面に出くわしたこともある。

「最初はつらかったですよぉ〜。だって、人の顔と名前をおぼえるのも一杯一杯でしたから。でも、慣れたら先生の話を聞くだけで全部おぼえちゃうようになりました。だから、ノート要らずです。暗記は爆速で終わります」

へぇ、すごいや。そんな得意技があったとは。みゃーさんはニコニコ笑いながら言う。

「あっ、そうだ。今日のおやつはいただきもののおミカンですよ〜。ひとり5つまで。箱からとったらお名前と数を共有ノートに書いていってくださいねぇ」

みゃーさんはえいさほいさとみかん箱をもってきて、ちゃっかり自分のおやつを確保し、共有ノートに名前を書いた。ボールペンを握る手はどこか拙くて、かきかきと擬音がでそうである。

僕は握りこむような彼女の拳の向こう側を覗き込んだ。

ああ、これはひどいや。

みゃーさんが爆速で暗記ができる理由を知った。

伝聞で覚えるしかないんだ。

みゃーさん、字がとても汚い。