学生時代、感動し何度もくりかえし見た映画がある。
本もむさぽるように読んだ。


友達のコンサートあるといえば、何が何でも駆けつけたし、
絵画の展覧会も行ったものだ。


今思えば、学生時代は美しいもの、本物に触れたいという欲求が、とりわけ強かったのか。


しかし、学校を卒業し社会人となり、それも十年以上過ぎた、

私は、今、新鮮な感動を求めて映画を見たり本を読んだりしていない!


「映画なんてビデオ、DVDで見れぱいい」とか、「読書は漫画だけ」と割り切った
生活をしている。


都心の会社に就職するのは、「文化の中心だから、

いろいろたものにじかに接することができるからだ」などと言っていた気がする。


それが今では、無数のコソサートや展覧会があってもおっくうになった。

本すらまともに読まなくなってしまっている。


私は「文化活動」と呼べることを何もしていないのだ。


考えてみて欲しい。

学生時代にお金もないのによく見た映画は、いまではテレピでしか見ていないし、
コンサートにもすっかり足が遠のいてしまっている。

読書にしても、本は自分のベッドで読むことが多かった。


今は通勤時問が長いので、平日は自宅ではほとんど読書しない。

深夜にやっと帰宅するのだから風呂に入るのが精いっぽいだ。


読書は電車のなかでしかできない。

私の最後の文化の砦は電車内読書なのである。


しかし、それすらも最近は漫画に変わっている。
さらに、朝の通勤時間帯の車内では、混雑のため本を広げることも難しい。


このように、一般のサラリーマンの文化レベルは、
「きわめて低いもの」となっているのである。


だから、そろそろ、文化的な側面からいっても

自分の持ち時間を有効に使ってみなくてはならない!! と思う。


勿論、会社の仕事は一番大切なことは間違いない。
しかし、自分や家族みんながゆとりや豊かさを感じるのは、
「本物の文化に触れる時」のような気がする。


どうするのかは、簡単だ。

週末にまとめて本を読んでみる。

あるいは、女房と映画に行って見る。


土日とはいっても、何も遊ぶことだけを考えないで、
「文化活動」という視点から余暇を過ごすこともよいことだと思う。


おそらくほんの少し気持ちの持ち方を変えただけで、
あの感動にあふれた「学生時代」にトリップできると思うのだ。