体外受精、初めての妊娠。

うれしかった。

移植後から出血があり、絶対安静で1週間絶対安静、ジリジリの腹痛に耐え、出血があるたびに、心配で不安で、休んでる仕事のことも気になって、、 

移植後から続く出血と腹痛、私の無数にあるボコボコの子宮筋腫に卵ちゃんが、必死でロッククライミング状態で頑張ってるかと思うと、泣けてきた。生まれる前から苦労させて、、、

なんとか7週を迎えた土曜日。
仕事から帰ると、多量の出血と腹痛、急激に恐れた眠いと倦怠感で、ソファに両足を上げて寝てしまった。

主人からの着信音に目を覚ましたけど、だるさで電話もとれず、ふと、お尻に生冷たい感覚を感じ、多量の血液が衣服を通り越し、生成りのカーペットに漏れている、、、なんとかしなきゃと、ヨロヨロしながらキッチンペーパーを水で濡らしながらゴシゴシと血液を拭き取りながら、この時、あぁ、だめかもしれない、、、と感じ、、、

主人が帰り。明日病院へ行こうと、

次の日に近医の産婦人科へ行き、診察台へ登ると女医さんが、「内容物が出てきていますね。流産だとおもいます。」と、わたしの中から取り出した「内容物」は、プラスチック容器のホルマリンに浸かっていた。
「内容物」を私と主人は見て、主人は固まり、私は「内容物かぁ」と冷静に流産を受け入れた。
先生から「明日かかりつけのお医者に持って行って今後のこと決めてきて。」と言われた。

診察室から出ると、お腹のおっきな妊婦さんや、産まれたばかりの小さな赤ちゃん、飛び跳ねて騒ぐ子供達の姿や声が私には優しかった。

主人は、涙ぐんで私の背中をさすってくれたが、妙にさすられた背中の感覚を気持ちわるく感じて、「ごめん。やめて。」と冷たい言葉を主人に言ってしまった。

幸せな妊婦や新しい赤ちゃんがいる場所で悲しみをまとった姿でいる自分を周り気がつかれたくない、ここはこんなにも幸せな空気で溢れてるから、自分の悲しみを空気に混ぜたくなくて、、 

悲しい思いをしたのは、私よりも主人かもしれない。赤ちゃんができる前から、教育本を買いまくり、空気清浄機や乾燥機付洗濯機を購入した。
私が体調悪いと。お弁当を購入して、洗い物、洗濯、掃除なんでも率先してくれた。
それなのに、人の目を気にして私は悲しみに寄り添えなかったことを申し訳なく思った。

次の日に不妊治療のかかりつけ医へ受診。
主人は会社休みをとり、車で送ってくれた。
車の中で、極度の眠気に襲われた。多分腹痛や出血による怖れに対する防衛本能の眠気だろう。
 
血液検査の結果HCGホルモン値が2000以上あるので、ほぼ流産ではあるが、1週間このまま様子をみる、子宮外妊娠の可能性も、否定できないと言われた。

私は、なんだか、事がうまく理解できず、診察が終わると、空腹すぎて〈手術を予想して絶飲食で診察を受けた〉、主人に「うなぎか寿司たべよ。カフェインの強いコーヒー飲みたい。」と、言った。主人は、すっかり気持ちを切り替えている私をややモンスターを見る目で「先生は。あと1週間様子みようって言ったでしょ?だからうなぎも寿司もカフェインも1週間後だよ!」と諭した。
私は「わかった。だけどさ、昨日お風呂で私ももちゃん産み落としたんだよ。」と、明るく前向きな自分に少し悲しい気持ちになった。

昨日シャワーを浴びている最中に、確実に胎嚢(ももちゃん)と思われる塊を産んだ私は、流産を確信していた。
ももちゃんを手にすくって、「産んであげられなくてごめんね。よくがんばったね。大好きだよ。また、戻ってきてね。」とお別れを済ませたのだ。だから、気持ちの整理はできていた。  

先生からは傷みがなければ仕事もいいよ。と言われていたので、次の日から仕事に行く気満々な私。
休んでるあいだの受け持ちの25人が心配だった。それ以外にも、何年もかけてキセキ的に通いはじめた人の面談も何件もかかえていた。このチャンスを逃したくなかった。気持ちの切り替えはできてるし、明日からバリバリ働くぞ!っと意気込んでいた。

翌日、早めに目を覚ましたが。ふらふらして、下腹部はひりひりと火傷のような痛み、出血は相変わらず多量に続いた為、仕事をやすんだ。  

こんなにも気持ちは前向きなのに身体がそうさせてくれない、、、不思議な感覚だった。

ももちゃんは、子宮筋腫のある子宮の深く潜り込もうと必死にがんばったんだと、痛みや出血があるたびに思うと、泣けてきた。泣くと負けちゃう気がして、我慢した。

弱音吐くとほろほろと崩れちゃう気がした。

だけど、泣いてもいーし、弱くてもいー。
流産なんてみんな経験してるんだから、メソメソしてどーする大丈夫だ!私は強いからって思ってたんだけど、悲しいもんは悲しいし、辛いもんは辛いし、痛いもんは痛いし、、、それでいー。

帰ってきたら、主人に抱きついて泣こうと、、、