小学生の時から
学校の帰り道にお花と話をする
変わった子と近所で言われていました。
可愛いお花を見ると
近くに駆けよって
私「すっごく可愛く咲いたね」
なんて話しかけていたのです。
するとお花が
お花「ありがとう。少し遊んでいかない?」
と私に話しかけてくれました。
そして1時間くらいずっとしゃがみ込み
お花と話す私は
大人には危ない子にみえたのでしょうね。
家では物差しで叩かれ
太ももはいつもアザだらけ
時には、親の暴力に耐えられず
裸足で逃げたこともあります。
そんな私はきっとオツムのネジが緩んでいると
思われてもしかない状態だったのかもしれません。
話しを戻しますが
私が何をお花と話しかけていたかというと
私「この花びらの開き方すごく素敵だけど
どうやったらこうなったの?」
私「どうしていつも太陽の方を向いているの?」
私「ちょっとだけ触ってもいい?」
というたわいもない会話。
夏の太陽に照らされたひまわりには
私「暑いの我慢したから、種がいっぱいできたね。すごいなぁ」
なんていう感じです。
嬉しいことにお花は
いつでも私を褒めてくれました。
お花「優しいね。可愛いね。大好きだよ」
キラキラ輝きながら私を見つめてくれるお花。
実は、幼い頃だけでなく
大人になった今もお花との会話は続いていて
当店の脇に咲いている
ピンクのカタバミちゃん
(たぶん)
夜や雨の日は花びらを閉じて
日が当たると開く。
とってもかわいく仕方ありません、
私「綺麗に咲いたね。今日もかわいいよ」
と声をかけています。
雨が降っている時には
私「今日は寒いから、ゆっくり休んで」
と周りに聞こえない様に囁いているのです。
サロンにある観葉植物がパタッと倒れると
「お疲れさまでした。守ってくれてありがとう」
感謝の気持ちを込めてそっと抜き取ります。
お花だけでなく
空や雲や風にも話しかける私。
以前は、そんな自分が恥ずかしいとさえ思っていましたが
今は、ごくごく自然のことだと思う様になりました。
そんな感じなので
動物は察知するのでしょうか。
公園に行くと
猫が私に話しかけてきて
猫「こっちにきて、早く」
とせかされました。
藪の中を入って行くと
そこには、産まれたばかりの子猫がたくさんいたのです。
猫「見せてあげたかったの。もっと近くにきて」
そう優しい言葉をくれたのですが
それ以上は人が立ち入れるような状況ではないので
私「ここでゆっくり見るね。
怖い人もいるから、むやみに子猫を見せちゃダメだよ」
そう猫ちゃんにお願いをしたのです。
猫はわかったと言わんばかりにコクリと頷きながらました。
その公園にはガチョウもいて
私を見つけると池から陸にあがり
何かくれと言わんばかりにガーガーなき
私の足を踏み踏みするので
「ごめん。今日は何も持ってない」
と言うと、回れ右で池に戻ったりして。
靴はガチョウの足跡だらけ。
家に帰れば3匹の猫が
寝ぼけ顔でお出迎え
いつもの場所に座ると
3匹がべったりとくっついて
至福の時間を過ごします。
最近は、動物が道路に出てきて
車にひかれてしまう事故が多くニュースで
流れていました。
人間の勝手で山をくずし道路を作ったがために
動物たちに迷惑をかけています。
私が住む所では、ムクドリが大量にいて
寝床を探しているのですが
それを追い払うために音を出したりしているので
なんだか心が痛みます。
ムクちゃん達はずっとこの辺りに住んで居たのに
私達人間が追い出してしまったのですね。
ごめんなさいムクちゃん。
もっともっと自然を大切にして
動物と人とが共存していく世の中になったら
きっと未来はもっと輝くはず。
昔の人はきっと今の私と同じように
植物や動物を話しができていたのだと想います。
便利な世の中ですが
私達人間の第六感や第三の目は
閉じられたままなので
少しずつ昔に戻って言ったらいいのになって思っています。
私のミラクル体験というより
独り言の様になってしまいました。
今回も最後までお読み頂きまして
ありがとうございます