“い”『イメージチェンジ』



 背中まであったロングヘアを、とても短く切った。ああ、首がスースーする。背中も寒い。
 切った理由は、ずっと片想いをしていた人に、彼女が出来てしまったからだ。
 好きな相手に積極的に関わろうとしない私は、いつも片想いで終わってしまう。
 またか、という感じ。珍しくはないのだ。悲しいけれど。
 きっとまた素敵な人は現れる。そしてまた恋に落ちる。その人の姿をこの目に映すことが出来れば、それだけで幸せ。そしてまた、その人は誰かの彼氏になってしまう。
 そんな恋のループを、私は彷徨い続けている。
 不思議と、このループから抜け出したいと思ったことはない。これがきっと、私の恋なのだと思う。
 それがいつまで続くのかとか、この先の未来はどうなっているのだろうかとか、そんな事は、まだ考えたことはない。

「よし、髪も切ってさっぱりしたし、気分転換に散歩でもしてから帰ろうかな」
 今日は素晴らしい快晴だ。風も穏やかで爽やかで、本当に気持ちの良い散歩日和だった。
 見上げれば、真っ青な空と綺麗な若葉が視界を彩り、瞳を閉じれば、美しい鳥たちの歌声が聴こえる。
 世の中はこんなにも穏やかだ。
 私は大丈夫。
「失恋しても泣けないんだよなぁ」
 しっかり落ち込んではいる。
 失恋に慣れすぎてしまったのだろうか。それとも、まだ本気で恋をした事がないのか。
「本気の恋って……?」
 漫画やドラマであるような、どんな障害をも吹き飛ばしていくような激しい恋が本気の恋?
 でも現実でそんな恋なんてあり得るもの?
 そんなに苦しんでまでする恋なんて――。
「あれ? 小野?」
 突然声をかけられて、私は驚きながら振り返った。
「あ、杉元くん……!」
 彼だ。
 私の好きな人。
 私が諦めなければならない相手。
「誰だか分かんなかった。へぇ、長いよりずっといいじゃん。似合ってるぜ」
 そう言って、にっと笑うその笑顔が今はつらい。
 諦めなければならないのに、その気持ちに反するように、私の胸は高鳴ってしまう。
「へぇ、髪型って大事なんだな。なりたい髪型より似合う髪型をした方がいいって事が、よーく分かったぜ」
「そ、そんなに似合うかな?」
「俺は凄く良いと思うぜ。驚いた」
 そう返しながら、杉元くんが私の顔をじっと見る。
 私はどこを見たらよいのか分からず、たぶん不自然に視線を泳がせていたと思う。
「小野って、こんなに……」
「え?」
 彼の呟いた言葉が最後まで聞き取れたような、そうでなかったような――。
「じゃあな!」
 そう言って彼は走り去っていく。
「……」

 この恋は、やっとスタートしたのかもしれない。

*了*