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『全てが自明で、悩みという概念のない調和(ハーモニクス)された世界』





 無意識に飛び込み、すべての感情や情念から解放された時、人は神へ身許を捧げられるのだ。学生時代、哲学の講義で読んだ誰か(カントだかデカルトだか、もう忘れてしまった)の論文を思い出した。

 この論文でレポートを書いたのだが、しめくくりに出した結論は、「わたしという存在を消すと神の手の甲にキス出来るというなら、一生自分の手の甲にキスして生きていく」とかそういう内容だった。もちろん、こんなに荒っぽく書いちゃいないけれど。


 この作品は、世界中で巻き起こった核による人為的大災害の影響により、人命を最優先した「生命至上主義」社会となり、医療技術の発展が最優先された世界が舞台。体のなかに『WatchMe』というナノサイズの医療分子をインストールすることにより、病気を初期段階で発見、メディケアという家庭内薬剤精製装置も普及しており、即座に対応。痛みも苦しみもなく、悲しい生まれながらの不治の病、老衰、もしくは自殺でしか人の命が失われなくなった社会で、三人の少女が自殺を決意する――、それから13年後。

 自殺を「しくじった」霧慧トァンが、ある事件の真相を追う、という物語。

 ずいぶん前から書店で気になっていたものの、買っていなかったこの本。はやく読んどきゃよかったと思った。久々の読書にこの本を選んでよかった。

 SFに分類されるこの本の世界観は、突拍子もないけれど現在の日本の風潮と照らし合わせると何ともいい難い気持ちになる。

 生命至上主義の名のもと、人々は幼い時からこう刷り込まれる。あなたはこの世界にとって欠くべからざるリソースであることを常に意識しなさい。公共的身体としての意識をさせられるのだ。コンタクトの形になった表示システムには常に自分の氏名と所属、社会評価点がアイコン表示され、個人情報が全てさらされる。いじめは一切なくなり、だれもが隣人を気遣う社会。それもこれも、個人情報の掲示が当たり前になった世界で、自分自身を社会に人質として捧げているから。幸せという名の真綿で首を締め上げるような世界で、ひっそりと自殺率は上昇していたり。今私がここに放り込まれても、多分自殺したくなるだろうと思う。

 誰もが、優しくしなければならないから優しい世界。生命至上主義なので、体を痛めつけるような行為、つまりお酒やたばこ、この世界ではカフェインも、恥ずべきものとして扱われている。自分は公共のもので、自分のものではないのだ。いやもう、まっぴらごめん。そんなの絶対いやだ。

 そんな中、主人公は自殺をしくじり、一人だけ逝かせてしまった友人の面影を胸に、紛争地帯にまで行って煙草を吸い、酒を煽る。体にダミープログラムをインストールして。そこまで行かないと、恥ずべきものたちを楽しむことは出来ないから。


 ここまで来ると何が良くて何が悪いのかわからなくなる。

 好きな人たちを思う様に愛したいというのは、ほかの大多数を無視し、ときには嫌うという事。

 酒やたばこやコーヒーを愛するのは、身体を不遜に扱う恥ずべき行為。


 自分にとってちょうどよい、ほどほどではダメなのだろうか、と思って読んでたのだが、作中でその答えは返ってきた。


『人のメーターはみんな壊れていて、極端に右か左か、どちらかしか指せないものなのよ』

なるほど確かに。最近の社会は特にそうですね。



 テーマが重すぎて書くのが億劫になってしまった。笑

 えーい!なげちゃえ!

 一人の少女の世界に対する憎悪や結論。幸福の在り方、痛みとは何か、わたしとは何か、社会とは、世界とは。

 とにかく面白いし、考えさせられる本だった。そして、ラスト。

 あれをハッピーエンドと取るか取らないかで、わたしは誰かと話をしたいなーと思う。

 お酒の入ったグラスを前に、煙草を吸いながら。