先日、20年ぶりに友人からメッセージが届いた。
Facebookで偶然見つけたらしい。
「覚えてる?」というタイトルではじまるメッセージを読んでも
はじめは上手にできたスパムとばかり思っていた。
正直まるで思い出せなかったが、1度思い出したらずっと忘れていた当時の記憶が鮮明に蘇った。
彼女は今、アメリカでシングルマザーをしている。
■ 美容師から一転、アメリカへ
彼女と僕は同い年。
当時、僕がやっていたバンドの常連客が彼女だった。
僕らは次第に仲良くなり、彼女が美容師を目指して専門学校へ通っていることを知った。
「練習したいから」とバンドメンバーの髪をいつも切ってくれた。
卒業と同時に彼女は相当な倍率をくぐり抜け青山にあった超有名店への就職を決めた。
彼女はとても喜んでいた。みんなで盛大に祝った。
その席に彼女はある男性を連れて現れた。「彼氏」と紹介した。
米兵の黒人男性だった。
彼女は黒人が好きだった。
黒人以外恋愛対象にならないと豪語していた。
「いい店があるから」と飲みに誘われると、決まって六本木の外国人が集まるバーに連れて行かれた。
僕らはその場所がとても嫌いだった。英語が話せないハタチそこそこのバンドマンが楽しめる場所ではなかった。
黒人に囲まれ楽しそうに笑っている彼女を置いて僕らは居酒屋へ避難する。いつものパターンだった。
あるとき彼女から「仕事をやめた」と連絡があった。
朝から晩までこき使われ、ひどいイジメもある。もうやってられない…。就職してから半年も経っていなかった。
そして「アメリカへ行く」と言った。
■ 日本バッシング
それからの彼女の行動は早かった。
半月もしないうちにアパートを引き上げ、荷物を全部実家へ送りアメリカへ旅発った。
彼女の両親はひどく怒っていると言った。
その後も1年に1度くらい彼女は日本へ戻り、僕らにアメリカの土産話を聞かせてくれた。
そして数週間滞在しては、すぐにアメリカへ戻って行った。
でも実家へは1度も戻った様子はなかった。
アメリカへ行った彼女は随分変わった。
「ウップス!」を連発するし、「だから日本はダメなの!」「私の住んでるロスでは…」とアメリカと比較して日本をひどく非難した。
「日本では…」「日本的な…」と日本という言葉が口癖のように出てくる。
最初は「そんなにいいところなのか」と僕らは目を輝かせて聞き入ったがエスカレートする彼女の日本バッシングに僕らは自分のことを否定されている気分になり、次第に彼女の話を聞くのが嫌になっていた。
そしてお互いに連絡を取らなくなり、数年後には完全に音信不通になった。
■ 故郷へもどるということ
彼女とはメールで何度かやり取りをした。
アメリカへ渡ってから結婚、しかしすぐに離婚。
もう子供は中学生だという。
忙しく会えない日にはFacebookで子供と連絡を取りあっているらしい。さすがアメリカ。
何度か交わしたメールからは彼女の疲れが伝わってきた。
シングルマザーで子供を育てるのは大変らしい。
医療費が怖くてうかつに病院へも行けない、と言った。
書こうか迷った「帰ってくればいいよ」というメッセージへの返答はない。
すごく繊細な問題なのは理解できる。
僕も山梨へ戻ろうと決めてまず連絡したのが弟だった。
「帰ってもいいかな」と旅先のベトナムからどさくさに紛れてメールを入れた。送信ボタンを押すのを何度もためらった。
平穏に暮らしている皆の生活を崩してしまうのではないかとひどく心配した。
15年も離れると生まれ育った場所へ戻ることは難しくなる。自分が知っている故郷とはまるで別の生活がすでにそこには根付いている。よそ者だ。迎える側よりも帰る者の気持ちの問題なのだけれど。
東京での暮らしでさえそうなのだから
反対を押し切って旅立ったアメリカからの帰国にはそれ相応の覚悟が必要なのだろうし、
ましてや思春期の子供がいれば自分の気持ちを優先させるなんて母親としてできないのだろう。
子供が独立して時間ができたら
少し戻っておいでよ。
数年もすればまた会えるかもしれない。
お互い若い時のイメージしか無いからビックリするだろうな。
でもさ、知ってると思うけどご両親は君の帰りを待ち望んでいるよ。お互い親になって立場が変わり、そんな気持ちも少しは理解できる歳になったね。
もしも会えたらどんな話をしよう?
日本のダメ話はもういいからさ
また旅に出たくなるような、アメリカのすごい話が聞きたいな。
【追伸】
そうそう、BSフジでね
僕らが大好きだった「北の国から」が再放送されるらしいよ!
これは見なきゃだね。
