母はまた眠っていた。

とても安定しているようだった。



ただ時々舌を出した。

その舌の色が

ピンク色から黄色に

変わっていった。



看護師さんが

舌を出したら

綿棒の大きなようなものに

水分を含めて舌にあてて

あげて下さい。



と言われていた。

昨日から何度も行っていたので

舌の色の変化を感じていた。





でも水分をあててあげると

しっかりと吸いとってくれた。




大丈夫ここから回復に

向かうと信じた。




午後になり母も落ち着いていた。

ようやくそこで空腹を感じた。




病室では食べていけないとの事

遠く離れた休憩室のような

場所でカップラーメンを食べた。




ここでしっかり体力つけて

この後に備えよう

今夜も病室で眠ろうと思っていた。




病室に戻ると

眠っていた母が

急に呼吸が荒くなり

止まったように見えた。



ナースコールを押して

看護師さんを呼んだ。




駆けつけた看護師さんは

ただ見守るだけだった。



そう延命措置はいいと言ったので

もう成す術はないのだと



ようやくわたしは理解した。

でも何かして欲しかった。



わたしは手を握って

お母さん、お母さんと呼びかけた

すると息を吹き返した。



看護師さんは妹が病室に

居ない事に気付いて



すぐに皆さん集まって下さい。

と言って出て行った。



シャワーを浴びに行った妹を呼び

病室に全員集まった。



また母の呼吸が荒くなった

次はナースコールをせずに

わたしは母の手を握り



お母さん、ゆっくり息をして

ゆっくり吸って、ゆっくり吐いてと

優しく話しかけた



するとその通りに母の呼吸が

整った。



そしてどこにそんな力が

残っていたのだろうと思うほど

母は手を強く握り返した。




そして口をパクパクして何かを

告げていた。




ありがとうと言っていた気がする




そしてまた呼吸が荒くなり

わたしは手を握り呼吸が整う



を繰り返した。



息子がすごいねと呟いた。



その後また呼吸が荒くなり

わたしは手を握り呼吸が整うように

優しく話しかけた。



すると母は握り返してくれたが

目から涙が流れた。





もう力尽きたと言うように






そして呼吸が戻る事はなかった。




わたしは涙が溢れてその状況を

受け止められ無かった。




妹も泣きながら

でも冷静に

ナースコールをした。



駆けつけた看護師さんが

すぐに状況を悟り先生を呼びに行った。




それから多分5分くらい経ったであろう



担当の先生では無い

美しい女医さんが



16時5分ご臨終です。

と告げられた。



母は2020年12月2日

16時5分に旅立った。

享年77歳でした。



ちょうど1年前になります。



78歳の誕生日を待たずに

そのわずか12日前に

亡くなってしまいました。



今日は一周忌になります。