病院に着くと

救急の入口しかなく



わたしと合わせて4人で

血液内科病棟へ入ろうと

すると警備の方が

入れるわけがないとでも

言った顔で断られたが



母の名前を告げて内線で

確認してもらうと

あっさりとOKが

出たようで




警備の方は

「えっ!

いいんですか?本当に4人も

入れていいんですか?!」と

驚いたように

何度も聞き返していた。



コロナ禍で警備が厳重になり

なかなか面会も出来ないのに





20時を過ぎていきなり

4人で来たのをすぐに

受け入れられたのは

それだけ母が重症だという事を

わたしは理解出来てなかった。





病室に着くと母の容体は

落ち着いており

眠っているようだった。





そのうち目を開けて

ベットを囲むわたし達の

顔をひとりひとり確認して

いるようだった。






母はひとりひとりの顔を

確認して東京にいるはずの

姪と甥(母にすれば孫)

の顔を認識して




特におばあちゃん子の

樹の顔を見た途端

泣き出したという。



「お母さん、あの時

自分の死期を感じて

泣いたんじゃないかな

あの時初めて、もっと生きたい

って思ったのかもしれないね」



と妹はわたしに同意を求めたが




確かにわたしもそこに居たはず

なのに全く記憶に無く驚いた。




だけどその場面の想像は

容易に出来る。

不思議な感覚。




わたしの感情がマヒしていて

見たくない、受け入れられない事は

現実として受け止めていなかった

のだろうか





だけどそんな事で妹が

嘘をつくはずないので

わたしがどうかしていたのだろう





だとしたら

母の涙は何を語っていたのだろう

今となっては知る術もない。