井 川の趣味の無線ブログ 第195回目の実験
以前は毎週土曜日の20時から山陽小野田市の竜王山から行っていた、351MHzのデジタル
簡易無線の伝搬実験は、一時期第一と第三の土曜日回数を減らしていました。
しかし5月6日に行われた年に1度のユーザーミーティングで毎週運用してほしいというご要望が
多かったので、5月の二週目から全ての土曜日で運用を行う事になりました。
ただ自分だけの運用では難しいので、他の方の協力を頂くという事で、第二と第四と第五が
ある月は30分の短縮のローカル版で対応する事になり、もう1カ月が経ち、5月は全週の
運用を行いました。
(写真はヤマグチWT241局より提供)
先週の土曜日は6月の第一週の運用で、1時間のフルサイズで固定用アンテナを車の上に
立てての運用で、短縮版の時は竜王山で車載アンテナか、場所の良い固定局かのどちらか
で、竜王山での固定アンテナの使用に比べて7割程度の飛距離を想定しています。
自分が19時30分ぐらいに山頂に着いた時は誰もいなくて、いつもの様にマグネットが
3つ付きの基台の上に付けた90センチ嵩上げのポールで固定用アンテナを立てました。
この山頂駐車場は山手の方向にかなりと、東方向にやや傾いていて、真っ直ぐアンテナを
立てると全方向に良い状態で電波が届くのですが、それに加えてフレスタ―の屋根も傾い
ているので、最初の角度調整には少し時間がかかります。
これまでは角度調整を2段階で細かく行っていたのですが、車のトランクゲート用の角度
調整が風が強いと固定アンテナの重さに耐えられず曲がるので・・
今回その部分を外してシンプルにして、スパナで角度調整する様に変えました。
少し傾きがあったら3つのマグネットを基台を浮かして10度ぐらい回して、それを
繰り返してまあまあ真っ直ぐに立ちました。
気持ち西方向に傾いている気がして・・
反対方向から見ると街灯のポールよりも少し西に傾いて見えますが、スタート時間が
迫って来たので、この日はこの状態で運用をスタートしました。
55センチの車載アンテナも同時に付けて電界強度を計って、偶数週の運用でどのぐらいか
をあらかじめ調べると、固定用アンテナが9+3振って、車載アンテナでは9振っていたので
この相手だと問題無いでしょう。
違う場所では固定アンテナが7に対して車載アンテナはゼロで、この辺りは短縮バージョン
では届かなくなる3割の地域になります。
来週はヤマグチMI222局が竜王山から車載アンテナで短縮バージョンを運用される
ので、おおよその見当が付きました。
それでは『第195回山口西・北九州DCRロールコール』の結果を報告致します。
日時 6月6日 第一土曜日 20時から21時08分まで
運用場所 山口県山陽小野田市竜王山 山頂駐車場
司会進行キー局 ヤマグチC56(JH4EFT)自分
使用アンテナ 第一電波工業 350MVH ゲイン7・15db 8分の5波長3段
使用機器 アルインコ DJーDPS70E 5W送信(外部放熱板付き)
周波数 351MHz 19チャンネル 秘話コード 27144
参加者
1 ヤマグチFB73 下関市長府 固定局
2 ヤマグチTT358 防府市鈴屋 固定局
3 ヤマグチBQ59 下関市幡生 固定局
4 フクオカJJ55 京都郡苅田町 固定局
5 ヤマグチST702 光市 固定局
6 ヤマグチNO003 山口市阿知須 固定局(小学生)
7 フクオカGJ28 北九州市八幡西区 固定局
8 フクオカPQ53 北九州市戸畑区 固定局
9 ヤマグチDM340 山陽小野田市本山 固定局
10 フクオカHS622 山陽道上り佐波川SA 移動局
11 ヤマグチTK926 光市 固定局
12 ヤマグチMI222 宇部市黒石 固定局
13 ヤマグチWT241 下関市旧ユースホステル前 移動局
14 ヤマグチTM310 宇部市上宇部 固定局
15 ヤマグチAN53 宇部市黒石 固定局
16 フクオカST10 筑前町夜須高原 移動局
17 オオイタKV925 豊後高田市粟嶋公園 移動局
18 ナガサキWA2 雲仙市国見町 移動局
19 ヤマグチFS703 光市 固定局(女性)
20 フクオカHC61 北九州市小倉南区 固定局(時間外チェックイン)
以上、20局の参加となりました。
今週末の土曜日の13日は短縮版を20時から20時30分過ぎまでヤマグチMI222局が
司会進行のキー局を行い、竜王山に固定用アンテナを設置して行うフルバージョンは、6月20日
の第三土曜日に行います。
他には毎週火曜日の20時から19チャンネルで行っている『ザ・福岡DCRロールコール』は、
明日6月9日はフクオカHS622局が粕屋郡篠栗町の米の山から運用されます。
351MHzの19チャンネルを使った各ロールコールへの皆様の参加をお待ちしております。
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何となく撮り溜めた写真 6・7
不定期シリーズの何となく撮り溜めた写真を掲載します。
まずは高速のパーキングエリアで見つけた『チョコバナナスティック』です。
55グラムという食後にちょうど良いサイズで、買って車内で直ぐに食べました。
開けてビックリ! 本物のバナナを半分に切って、その上にチョコのコーティング
をしていて、中が柔らかくなるのを待って食べないといけませんでした。
原産国はタイで、東京都の『ノースイ』という会社が輸入してきています。
凍ったバナナが柔らかくなるのを待っていたら、向こうにランドローバーが止まって
いて、リアのサイドガラスの横にボックスが付いているのが気になりました。
一体中に何を入れるんだろう?とか、右のドアミラーの視野が狭くならないだろうか?
とか・・
気になるといえば福岡で東比恵から貝塚駅前まで車で移動するのに、一度吉塚駅の
ロータリーの前を通って・・
車で前を通ると狭いロータリーが、何故か新幹線から見下ろすと広く見えます。
もう一つ通勤途中で気になるのは福岡店より一つ西寄りの交差点の上を福岡空港に
向かって飛んでいます。
下から見たら飛行機は小さくみえますが、飛行機から見たら福岡店は大きく見えて、
どちらも上から見た方が大きく見えるのかな?と思っています。
続いて資さんうどん博多千代店に昼食を取りに行ったら・・
土曜日の昼にしては駐車場が空いていて、車を止めて店内に入ると、店内には人が並んで
いて、紙に名前を書いて順番が来たら呼ばれるという状態で、それを見て直ぐに出て
違う店を探しました。
あの人はどこからか歩いて来たのか、それとも観光バスで大量に連れて来られたのか、
資さんうどん博多千代店はいつも人で賑わっているお店です。
最後はふと見かけたスズキのソリオで、以前スズキのディーラーでこの色の車の
試乗車落ちの中古車が出ていて、専務に「あの色と同じ車を買っていたら今代車に
困っていなかったのに。」といったら、「あの色は自分は嫌いだから!」と専務は
言いました。
その次にはフロンクスの試乗車落ちが中古車で出てきて、「もう2台目のシエンタを
キャンセルしてフロンクスにしましょう。」とか、「シエンタよりもルーミーが早く
来るからそっちに変えたい。」と言ったら、トヨタのセールスマンは納車時期が早く
なるからいいみたいですが、専務がシエンタでないと嫌と言うので、待ちに待って
やっと今月のどこかで納車される様です。
今月シエンタが納車されたら、今あるシエンタは代車になるので、これでやっと代車
不足も解消されます。
以上、何となく撮り溜めた写真でした。
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初期のミシュランガイド
今日の宇部店の裏のカーポート下は2台の車両のバッテリー交換をしていました。
手前のスバルクロスレックは同じサイズのバッテリーが2個で、奥のベンツCクラス
は大小2つのバッテリーを同時に交換しました。
クロストレックのタイヤはミシュランが付いていて、この銘柄は大きくミシュランと
文字が入っていました。
ここで話は本題にはいりますが、実は世の中にはこのタイヤメーカーのミシュランと、
レストランガイドのミシュランが同じ会社という事を知らない方が多いのです。
「タイヤのメーカーが何故レストランガイドを?」と、自分自身が38年前にはこの事を
知っていませんでした。
ちょどその頃病気になって1カ月入院していて、毎日ベットの上でやる事が無いので、
ひたすらビジネス本を読んでいて、その中にタイヤメーカーのミシュランの話が出て来て、
まだ自動車があまり世に広まっていない時期に、タイヤメーカーのミシュランがレストラン
ガイドを作って、それで美味しいお店を紹介したら車で旅行する人が増えて、それでタイヤ
の消費が増えてミシュランタイヤの需要も伸びるだろうという考えから『ミシュランのレス
トランガイド』が発行されたという事で、これを読んだ自分は「確かに自動車旅行をする人が
増えても必ずミシュランのタイヤを買うとは限らないから、かなり太っ腹な!」と驚いて、
今では本と完全に独立して本代を取っているのでタイヤメーカーが作ったという事を知らない
人も多いでしょう。
自分は38年前に病気で入院した時に一か月ビジネス書籍を読みまくって、その後のビジネス
のスタイルを決めたのですが、その一つに「ミシュランの初期のレストランガイドの評価の
様なカーオーディオのお店を作りたい。」という事でした。
それは☆一つは『行く価値の鳴るお店』で、☆2つが『遠くても行く価値のあるお店』で、
そして☆3つお店は『どんなに遠くても行く価値のあるお店』という意味になっていて、
カーオーディオという趣味の中でまだサウンドピュアディオと名乗る前の当店は、小売りだけ
で十分に生活が出来る売り上げが無かったので、ディーラーや中古車店の下請けの取付のみの
仕事もしていました。
自分が入院した理由は下請け仕事は量が入って来ても利益が少なくて、でも来店されるお客様
の仕事だけでは生活が出来ないので半分の利益の下請け仕事を受けると、どうしても音の調整
などに十分な時間を取る事が出来ず、もっと時間をかけて音調整を行うためには下請け仕事を
一切受けない様にしない限り無理という事に気が付きました。
ただそうは言ってもまだ有名店でもないので遠くからお客様が来られる訳ではなく、まずは
丁寧な仕事と音出しで『行く価値があるお店』になり、そこで実績を積んで『遠くても行く
価値のあるお店』になり、いつかは『どんなに遠くても行く価値のあるお店』になりたいと
考える様になりました。
ただカーオーディオという業種がややこしい業種で、一般的な良いお店の基準はメーカーが
主催するコンテストで賞を取るとか、メーカーが決めた音の良いショップの認定を取る事が
簡単に集客する事が出来る『音の良い店』となる方法だったからです。
実は自分はオーディオ評論家の先生の言う事が信じられない変わり者で、何故信じられない
かというと、1986年から87年にかけてFM山口で音楽番組を作っていたからで、スタ
ジオ聴いた良い音と評論家の先生の褒める良い音に開きがあって、自分が番組制作でいやと
いうほど聴き込んだスタジオ用のスピーカーや機材の音が体に染み込んでいて、何だかバー
チャルで作った様な音にどうしても浸透できなかったからです。
まだ1990年代の初めの方はスタジオ的な音色のスピーカーやアンプが市販されていたので、
それなりにそういう製品を集めたセレクトショップとしてビジネスが成り立っていたのですが、
2000年の手前になるとそういったトレンドとは別方向の製品はシシェアが取れないので
どんどん無くなって来て、どうしたものかと悩んでいました。
そして悩んだ結果が『カーオーディオ専門店オーディオボックス』という名前を捨てて、別な
名前でオリジナルのスピーカーを発売するという事で、自分が1982年に最初に店を立ち
上げた時にアメリカのオーディオ雑誌を見て、AUDIOーVOXという名前を見つけて、
これのVをBに変えてと考えたのが間違いで、ショップの名前では問題無くても、ブランドと
して使用すると『類似した商標』として使えない事が分かったのです。
それで仕方なく特許庁で商標が取れそうな名前をいくつか申請して、それで商標が取れた
サウンドピュアディオをブランド名と店名にするという事で今に至っています。
今考えたらアメリカの雑誌で見つけて一文字変えるという安直な考えが、18年後に問題に
なるとは22歳の時には夢にも思っていませんでした。
カーオーディオ業秋はどんどんバーチャルサウンドの方向に行き、オリジナル製品でないと
本来の音楽の音に近づかず、まさか18年後に自分が付けた店名が災いを呼ぶとは思っても
いませんでした。
タイトルとは違う話になりますが、今月でサウンドピュアディオのスピーカーが誕生して
25周年になっていて、このブログを書いていて今気が付きました。
結局、初期のミシュランのレストランガイドの『どんなに遠くても行く価値のお店』を
目指していたら、自社ブランドのスピーカーを作って生音・生声に近づけるという方法に
辿り着いて、どんなに遠くてもというまでは言いませんが、遠くても行く価値のお店ぐら
いにはなっているのかな?と、三ツ星の元の話を知った時を思い出しました。
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