日本で一般的な世界地図を見ると地図の中心に日本が描かれている。右側に北米と南米があり左側に欧州やアフリカ大陸が描かれてあるが、こんな地図が世界中で使われている訳が無いわけで。英米のロック・ミュージシャンは「こんな地図から食み出そうな、それこそ極東の地までよく来る気になるなあ。」と出不精の私は思うわけです。というわけで「実況録音盤選 第十幕」(LIVE IN JAPAN PT. 2)の始まりです。

 

  

 

ランナウェイズ「LIVE IN JAPAN」(1977)は同年6月に渋谷公会堂と東京厚生年金会館で行われたライブを収録。人気がある内に一儲けとでも思った関係者でもいたのか、6月のライブを8月にリリースするという早業で世に出た。というのも、おそらく来日中のメンバーの不仲というか不穏な空気を招聘元やレコード会社は察していたのであろう。来日中にベースのジャッキー・フォックスが脱退表明し、その後すぐにボーカルのシェリーも脱退するのだから。それでもテレビに出るほど人気はあったので金にはなるというわけで。このライブ盤はリアル・タイムでは英米では発売されなかった。同年10月にリリースされたスタジオ録音盤「WAITIN' FOR THE NIGHT」は新メンバーを加えた4人体制だったので、オリジナル・メンバーでのライブ盤が残されたのは良かったと思う。

 

スージー・クアトロ「LIVE AND KICKIN’」(1977)は同年6月の中野サンプラザと大阪厚生年金会館でのライブから選曲された2枚組LP。あれ、ランナウェイズと来日期間が被っていますよ。因みにランナウェイズは77年6月4日から12日までの日程で6回のコンサートを行い、スージーは何と5月27日から7月7日までの期間中に35公演も行っている。日本での所属レコード会社も違うので、バンド同士はともかくレコード会社はライバル心剥き出しで盛り上がったのではないだろうか、と想像するのも楽しい。スージーは74年から78年まで連続で来日し78年には日本で結婚式を挙げたくらいであるから、余程日本との相性が良かったのだろう。ただ、このアルバムも例によって英米ではリアル・タイムでの発売は無かった。

 

  

 

ウィルコ・ジョンスンとパイレーツの「LIVE IN JAPAN , 2000」(2001)は、共に2000年11月20日渋谷オンエア・イーストでのライブを収録。ジャケットの作りも統一感があり、これは両方揃えて一安心というか、神社で左右に置かれた狛犬がごとく二体ならぬ二枚で一組のライブ盤。パイレーツは1988年の日本公演もCD化されている。つい先日リリースされたような感じがするのに、今ではウィルコもミック・グリーンも鬼籍に入るとは。

 

     

 

レオン・ラッセル「LIVE IN JAPAN」(1974)は1973年11月8日の日本武道館公演を収録したLP。これも当初は日本のみのリリースであった。60年代後半から70年代半ばくらいまでのレオン・ラッセルは無双状態といっても過言でない働きと人気を誇っていた。そんな時期のライブが日本で録音されたのが驚きなら、日本のみの発売だったのも驚きである。しかもコンサートの全貌とはほど遠い1枚のLPでの発売。ブートレグだと別日ではあるが日本公演を完全収録したタイトルがあり、歴史を確認するのに実に役立つ。2011年のCD化で日本以外の国でのリリースが実現しボーナス・トラックとして何故か71年のライブが収録された。

 

エリック・クラプトン「JUST ONE NIGHT」(1980)は1979年12月3日の日本武道館公演を収録。流石にこれはリアル・タイムでワールド・ワイドに発売された。

2枚組LPに収録する時間の関係で実際のコンサート通りの曲順を若干いれかえてレコード化され、この日演奏された17曲中、『COUNTRY BOY』『KNOCKIN 'ON HEAVEN'S DOOR』『LAYLA』の3曲が外された。この時のクラプトン・バンドには元ヘッズ・ハンズ&フィートのアルバート・リーが参加しているため、彼特有のカントリー色溢れるギターを聴くことができる。コンサートでは、アルバートが同年リリースしたソロ・アルバム「HIDING」から2曲が取り上げられ、そのうちの1曲『SETTING ME UP』ではボーカルも披露。外された『COUNTRY BOY』も、79年の演奏を収録した数あるブートレグを聴くと実に楽しい演奏でこれはオフィシャル盤に是非とも収録して欲しかったものだ。まあ、1曲でも収録されただけましか。因みに『SETTING UP』はマーク・ノップラー作でダイアー・ストレイツの

デビュー・アルバムに収録されている。クラプトンにとってソロでは3作目のライブ盤だが

やっと長尺で聴くことができる盤が出たと当時のファンは嬉しく思ったことだろう。因みに

私は、このアルバムのジャケット写真を気に入っている。(マジで)

 

  

 

スコーピオンズ「TOKYO TAPES」(1978)は同年4月の中野サンプラザ公演を収録した

2枚組LP。「蠍団爆発!!スコーピオンズ・ライブ」という素敵な邦題が付いていた。この盤は欧米でも同時リリースされたが、掲載写真のジャケットは日本のみでワールド・ワイドにリリースされた盤はステージの躍動感あふれるカットと「東京テープス」の手書き文字がいい感じの秀逸なデザインであった。しかし、私はこのジャケット・デザインも好きである。私の頭がおかしいのであればお許しいただきたいのだが、尖った蠍の尾と花弁、これは見事にセックスを表現していると思うのだ。ガンズン・ローゼスの時もそう思ったし。(笑)ご当地ソングではないが『荒城の月』を演奏しているのは日本公演ならではで、2015年リリースのDX盤ではもっと凄いのを聴くことができる。イエスは1973年の初来日公演で『さくら さくら』を唄ったし、キンクスも1982年の初来日の際に日本公演ならではの曲を歌った。こういうのはアーティスト側の好意を感じて何となく嬉しいものだ。オリジナル・ラインナップでの有終の美が記録された盤としても価値があるライブ盤である。

 

パブリック・イメージ・リミテッド「LIVE IN TOKYO」(1983)は同年7月に行われた中野サンプラザでのライブを収録した2枚組12インチ。私がリアル・タイムで買ったP.I.L.の

初めてのレコードである。高校生の私は「なんで12インチ2枚組なんだろう。9曲なら1枚のLPに収まるし安く買えたんじゃないのか。」なんてことを思ったものだ。今ならあの

「METAL BOX」の存在があって音質に拘ったジョン・ライドンが12インチにしたのだろうと思えるのだが、それとは別に逆に今なら「キース・レヴィンがいない。」とがっかりするのも事実。(笑)このライブを聴いて気に入った曲を調べるとそのほとんどがファースト・アルバムに収録されていることに気付き、このライブ盤を振り出しにP.I.L.のアルバムをリリース順に集めることになったのである。アフターピルというものは当時は無かったのである。ん?。

 

  

 

ベック・ボガート&アピス「LIVE IN JAPAN」(1973)は同年5月の大阪厚生年金会館での演奏を収録した2枚組LP。日本で企画され発売されたライブ盤で、これも当初は日本のみのリリースであった。ディープ・パープルの「LIVE IN JAPAN」もそうであったが、LPに

収録できる時間の関係上、実際のコンサートの曲順を入れ替えてのレコード化となったが、

2013年にリリースされた40周年記念盤で初めてコンサートで演奏された曲順通りの

並びでリリースされた。正確な曲順でリリースされたのは日本企画の40周年盤だけなので

おそらくマスターが日本保管だからこそ可能であった快挙といえる。パープルの場合は日本発案であるが、リリースの可否を決める事も含めた様々な権利がパープル側にあったので、

マスター・テープは持ち帰られているから、あちら都合で何とでもできた話なので。
 

ジョージ・ハリスン「LIVE IN JAPAN WITH ERIC CLAPTON AND BAND」(1992)は

91年12月に行われた公演から選曲された2枚組CD。同時に2枚組LPも収録曲数は同じ(19曲)でリリースされた。2004年にリリースされた「THE DARK HORSE YERAS

1976-1992」に収録されたDVDで日本公演の映像を綺麗な画質で数曲見ることが出来たので驚いたものだ。このライブ盤は口悪く言えば捏造だらけというか、後追いの人たちがこの盤のみしか知らなかったら歴史を誤って無意識に誤認する可能性だってある要注意盤である。この日本公演はジョージをサポートしたエリック・クラプトンが4曲ほどバンドと共に単独で歌い演奏したのだが、それが一切収録されていないのだから。そこで歴史を正しく知るためにブートレグの存在が重要な意味を持つのだ。それに、来日公演中のジョージは髭を生やしてなかったのに、ジャケットに描かれたジョージの顔には髭が描かれてある。(笑)これは、何の意図があるのだろう?。まあ、そんなことよりも1974年以来のツアーが日本で行われ形に残ったのだから、これはこれで喜ぶべきではある。私は昔から好きな娘に冷たくあたる照れ屋さんなのだ。(笑)

 

いやあ、20枚しか選べないって結構頭を悩ませることになって疲れるものだ。もし、ここでレジデンツとかデヴィアンツとか選んでアレやソレを選ばなかったら「本当にこれでいいの?。」と後で反省することになりそうだし。(笑)外タレとしてのアラン・メリルを選ばなかったことは「よくぞ我慢した。」と褒めていただきたい。有名なシカゴやU.K.やカーペンターズも候補には挙げていたが選ばなかった。今更だが、ジャズの盤は選んでいない。

と、いうわけで「実況録音盤選」も無事100枚を選び終わったのだが、諸兄姉の好きな盤が1枚でも多くあれば幸いである。で、ここでまた悪魔の囁きである。「お兄さん、もう少しいいでしょう?。私もあと1時間で終わりだから、この後・・・。」

そう、この後、「日本のロック(ポップスとかフォークと呼ばれた音も含む)」からも選ぶべきだろうということで、また暫く頭を悩ませることにした。後1時間したら、「お兄さん」から名前呼びに変わるそうなので。(笑)できれば下の名前で・・・。(バカ)

 

それでは次回「実況録音盤選 第十一幕」(日本のロック編 PT.1)で、またお会いしましょう。

 

幕間

 

 

 

 

 

所謂「ライブ・イン・ジャパン」のレコードに初めて接したのはチープ・トリックの「AT

BUDOKAN」であったと記憶する。1981年当時、田舎の高校1年生の私は「外国の人が

日本に来てわざわざ録音までしてレコードを作るなんて、これはなかなか凄いなあ。」なんて呑気なことをガイド本を見ながら思った訳である。そのガイド本にはディープ・パープルもサンタナも掲載されていたが、たまたまの巡り合わせで先にチープ・トリックを聴いただけの話である。なかなかの歴史は古いわけで、これから数多く残された「ライブ・イン・ジャパン」の中から2回にわけて20枚を選んでいこうと思う。

 

  

 

ハニーカムズ「IN TOKYO」(1966)は1965年8月のサンケイホールでの演奏を収録。素人感満載の突っ込み気味なドラムを演奏する女性メンバーのハニー・ラントリーが中心のグループで、ハニーカムズの何が凄いかというとビートルズよりもビーチ・ボーイズよりも早く来日して日本オンリーとはいえライブ盤まで発売したことである。1曲目の『君は天然色』もとい『COLOUR SLIDE』から黄色い声が飛ぶ。途中、インスト・ナンバーが数曲演奏されるのは、一足先の7月に3度目の来日を果たしているヴェンチャーズ人気を意識してかも。彼女たちを見いだしたジョー・ミークのレコードのようなギターの音も印象的。

 

ヴェンチャーズの初来日は1962年で、1965年には1月と7月の2回来日公演を行っている。65年の1月公演は録音され7月公演にあわせるように発売された。その後メンバーが出たり入ったりしながらも来日公演は繰り返され、ライブ盤もその都度発売されるような状態であった。その中で私が好きなのが「THE VENTURES ON STAGE '72」である。68年にバンドを抜けたノーキー・エドワーズが戻ってきたのが嬉しい。この後の73年のライブもいいのだが、この時はメル・テイラーが抜けている。このライブ盤は72年9月渋谷公会堂でのコンサートを収録していて、前年にヴェンチャーズが作曲して日本でヒットした『雨の御堂筋』を欧陽菲菲がゲストで歌うのが今となっては貴重な歴史である。

 

  


ディープ・パープル「LIVE IN JAPAN」(1972)は2枚組LP。同年8月の大阪フェスティバルホール2回と日本武道館公演の全3公演から編集されている。激烈の極み、これぞライブというのは言い過ぎか?。(笑)1993年に3回の公演のほぼ全てを収録した3枚組を聴いて「よくぞ、確実にベスト・テイクを選んでいるものだ。」と偉そうに感心した記憶が蘇ってきた。2014年にアンコールを含む真の完全版が出て2025年にも、その進化系というべき組物が出たが、どちらも手にしなかった。両者とも各日(3日間)の演奏を収録したCDに収まりきらなかったアンコール部分を別のCD(つまり、4枚目)にまとめた構成が気に入らなかったのだ。なので、完全版を収録した会場録音の6枚組のCDブートレグは今も重宝している。曲間も摘まんでないし。

 

サンタナ「LOTUS」(1974)は3枚組LP。73年7月に2回行われた大阪厚生年金会館での演奏を収録。言わずと知れた大名盤で、横尾忠則の手になる22面体ジャケットも

強烈だ。アルバムの冒頭に1分間の瞑想を収録するのも凄いが招聘元の社長に捧げる曲を

演奏し収録するのも何だかよくわからないが凄い。ドラム・ソロには『京都』というタイトルもついているし。(笑)このアルバムが数多の「ライブ・イン・ジャパン」と違うのは、

レコード制作のあらゆる作業の全工程を日本人が行っているということで、これこそ日本が

世界に誇る「MADE IN JAPAN」と言っていいだろう。2017年には7曲を追加した「完全版」として3枚組CDがリリースされた。

 

  

 

チープ・トリック「AT BUDOKAN」(1978)も日本で行われたライブを録音したレコードとして世界的に有名な1枚。タイトルに「BUDOKAN」とあるが実際は日本武道館と

大阪厚生年金会館の演奏から選曲されている。当初は日本のみの発売で、ロビン・ザンダーの「日本人向けの10曲を選んだ」という発言通りにわかりやすくポップな曲で構成され

それが実際の処、私にも受け入れやすく1枚ものなので何度もリピートする気にもなれたのだ。ファッツ・ドミノの曲もこの盤で初めて知ったものだ。「BUDOKAN」という名前は

チープ・トリックによって世界の音楽ファンに知られることになった、という話はよく聞く。時系列的に面白いのはチープ・トリックの武道館公演は1978年4月28日と30日

であるということだ。この二か月前に武道館で何があったかを思い出してみてください。

そう、78年2月28日と30日はボブ・ディランの初来日公演があったのです。こちらも

ライブが録音され、また同じように当初は日本盤のみがリリースされた。どちらも好評で後にワールド・ワイドにリリースされるのだが、この日程がまた面白い。チープ・トリックの日本盤は78年10月リリースでディランは同年8月のリリース。この時点ではディランの方が実は2か月早い。しかし、米国ではチープ・トリックの盤が79年2月発売、ディランは同年4月の発売である。つまり、ディランの盤は米国ではチープ・トリックより2か月遅れで発売され、日本とは順番が逆になってしまったのだ。もし、ディランの盤がチープ・トリックより早く或いは最初から全米でリリースされていたら、どんな歴史になっていたかという、つまらないが面白そうな「たられば」を想像するのが楽しいのだ。「たられば」ついでの話で、もし78年の私がチープ・トリックに助言できるようなディレクターとかの立場であったら言うことは一つである。「フロント・ジャケットはバーニーとリックでいこう。」

これ、マジ。

 

元ミレニウムのリー・マロリーとジョーイ・ステックの「LIVE」(2003)は2000年

6月5日の渋谷ネストでの演奏を収録。アコースティック・ギター2本でのライブなので、ミレニウムのアルバムのような完成された室内楽は期待できないが、それでも楽しいライブ盤である。ミレニウムのアルバムやジョーイのソロからバランス良く選曲されているのもいい。アルバム・ジャケットに漢字で「日本」と書かれているのも気に入っている。もし、この盤が気になってジョーイ・ステックのソロ(76年リリース)を聴いていないのであれば

先にソロ・アルバムを探すのがいいだろう。ジム・ゴードンとカール・レイドルがリズム隊で、ボビー・キーズのサックスもかなり聴くことが出来て、ジョーイの歌とギターが最高なのだから。

 

      

 

ヘロン「LIVE IN KYOTO」(2017)は2016年11月16日京都磔磔でのライブを収録した2枚組CD。ヘロンは70年代初頭に2枚のアルバムをリリースして消滅したバンドであるが、その2枚が素晴らしいことで知られる。90年代に再結成をするが、主要人物の

G.T. ムーアがいたりなかったりでライブを行いCDをリリースする。ムーアはヘロン以降は

レゲエにアプローチしたアルバムを数枚残していて、それも良い出来なのだがヘロンの活動もしてほしいと思っていた。このライブはムーア込みのオリジナル・メンバーでの演奏なので見に行った方の感動もひとしおであっただろう。日本のみで流通しているのが勿体ない。
 

ブリジット・セント・ジョンの2010年の来日の際に尽力した林拓とのライブを収録した

「JOLIE MADAM LIVE IN JAPAN 2010」(2011)は録音場所が明記されていないが、同年に訪れた複数の場所からのセレクションで構成されている。これも日本独自編集で日本でしか流通していない。アルバム・タイトルになった『JOLIE MADAME』は曲前のMCから、
京都でのライブのようだ。相方が、このライブを体験しているかと思うと羨ましくて仕方無い。因みに『JOLIE MADAME』は70年11月にアビー・ロード・スタジオでケヴィン・エアーズがブリジットとレコーディングした曲である。ここには、一般的に誰もが思い浮かべるであろうロック・コンサートでの高揚感というものは無い。だが、何千人もの人間の誰もが同じように手を挙げ首を振り、ヒット・ソングを一緒に口ずさむのがコンサートの絶対的な理想形というわけであろうはずもなく、音数が少ないが故の適度な緊張感と安堵感を楽しむというのも、また一つの理想形だ。このライブ盤には後者の望みうる最高の瞬間が記録されている。今回のライブ盤はポスター・ジャケットで、限定50枚にはブリジットと林のサインが入っている。ブリジットには2001年公演を収録した「UNDER TOKYO SKIES」というタイトルの盤もある。

 

     

 

ローラ・ニーロ「TREES OF THE AGES ( LAURA NYRO LIVE IN JAPAN)」(2021)は2枚組CD。元々は「AN EVENING WITH LAURA NYRO」のタイトルで2003年に日本のみで

リリースされたライブ盤がタイトル、ジャケットを変えて世界向けにリリースされた。内容は前回と変わらず1994年2月の大阪近鉄小劇場での演奏を中心に21曲を収録。アルバム・ジャケットはこちらの方が私の好みであるが、それはまいいか。(笑)ローラ以外のメンバーはコーラス隊の女性が三人のみで、ローラの声とピアノを主体とする演奏はローラの声の良さと曲の良さを改めて認識させる。これ以前にローラが日本で演奏したのは1972年に遡る。72年の演奏は貧弱な音質のブートレグでしか聴くことができないが、どこかにいい音質のテープは眠ってないものか。

ハット・フィールス&ザ・ノースは、少し前の記事「時間旅行 第十八幕」と「残日録 HAT-TRICK」で触れたのでここでは割愛するが、これも日本のみ発売なのが勿体ない盤であることは書いておく。

 

「おいおい。こんな選盤じゃダメだろ、アレが抜けているじゃないか。」というのはご尤も。でも、「ライブ・イン・ジャパン」を考えていて、つらつらと頭に浮かんだのはこの10枚であるのだ。そう、この10枚であるのだが、それはある意味本当である意味嘘である。だって、もう既にT. レックスとシルヴァーヘッドを使ってしまったから。(笑)

嘘でも本当のロックン・ロールである。

 

というわけで、次回「(実況録音盤選 第十幕」(LIVE IN JAPAN PT. 2)で、またお会いしましょう。

 

幕間

 

 

 

 

 

 

 

「実況録音盤選 第八幕」は店頭では買えなかったような記憶がある、というかネット通販でしか買えなかった盤を選んだ。そもそも、ここ20年位CDやレコードを売っている店に

それほど足を運んでいない。それこそ、面倒くさくなったのと年々老眼が進んで陳列された

中古CDの背表紙を見るのも難儀になってきたというのもあるし。新譜や新品のCDは、それこそHMVやタワーといったところで通販で買うことができるし。ただ、実店舗であろうとそこでのネット注文であろうと買うことができないブツが増えてきたのもこの頃である。

アーティストがレコード会社やレーベルとの契約に縛られることなく、自分が開いたネット上のページ(店舗)で自身の作品を販売することができるようになったのが、自由度を大きくし様々な作品が世に出る後押しになったのは間違いないだろう。流通経路に制限はあるものの、レコード会社に上前をはねられることもなくなって見晴らしも気分もいいと感じる瞬間もあるだろうし。(笑)

 

  

 

ピート・タウンゼント「LIVE BRIXTON ACADEMY '85」(2004)は2枚組CD。ピートが主催する「イールパイ」で購入することが出来た。このCDはピートが86年にリリースした10曲入りライブ盤「DEEP END !」に収録した公演の完全版でもある。ピートが大所帯のバンドであるDEEP ENDを率いて行ったライブはそれ程多く無いのだが、その中でもこの日の演奏は群を抜いて面白い。オープニングはピート単独での演奏での『MARY ANNE WITH THE SHAKY HAND』だし、ツアーに参加したデヴィッド・ギルモアがスコッティ・ムーアのフレーズを弾くというだけでレアな感じがする『THAT'S ALL RIGHT MAMA』、更にはストーンズのシングル盤リリースに先駆けること約半年の『HARLEM SHUFFLE』の演奏が貴重。これはおそろしく格好良い。「イールパイ」からリリースされた一連のライブは全部で7タイトルあるが、2024年にそれらを纏めたボックスが一般流通した。

 

ロニー・ウッド「I FEEL LIKE PLAYING - LIVE IN LONDON 19 OCTOBER 2010」(2011)は3枚組LPで、CDでの発売は無い。このレコードを売るために開設されたHPで購入できた。3枚のレコードはカラー・ヴィニールで500セットの限定プレス、おまけとして

ロニーの直筆サインが書かれた写真やピック等がついてきた。今となっては当時の新作である「I FEEL LIKE PLAYING」収録曲を10曲演奏しているのが貴重。というか、ブツそのものが貴重である。

 

  

 

リチャード・トンプスン・バンド「DUCKNAPPED !」(2003)は同年リリースのアルバム「THE OLD KID BAG」をプロモーションするツアーを収録したライブ盤。キャリアから満遍なく選んだセット・リストではなく、「THE OLD KID BAG」から9曲選ばれていて現役感溢れているのが魅力。リチャードのレーベル「Beeswig」からのリリースで、リチャードの

HPで購入が可能であった。

カーラ・ボノフ「LIVE」(2007)は2枚組CDで、カーラ・ボノフのHPでのみ流通する盤。これは現在でも購入が可能。カーラといえばリンダ・ロンシュタットが1976年の

アルバム「HASTEN DOWN THE WIND(邦題:風にさらわれた恋)」でカーラの曲を3曲とりあげ、カーラ自身もコーラスで参加したことで広く名を知られることになる。その3曲はセルフ・タイトルがつけられた77年リリースのデビュー・アルバムにも収録され「「LIVE」にもそのうちの2曲が収録されている。中学生の私が音楽雑誌で「初めて見た外国の綺麗なお姉さん」がカーラであった。決してオリビア・ニュートン・ジョンではなく。(笑)で、すぐにスティーヴィー・ニックスを好きになり、そのうち誰でも好きになり・・・。(笑)

 

   

 

ブルース・スプリングスティーンがいつ頃から自身のライブ音源をフィジカルとダウンロードで販売し始めたのか覚えていないが、そのタイトルはこれを書いている時点で377を数える。現行ツアー音源も楽しみであったが何といっても過去音源のリリースに興味があり、

特に1978年の音源はFM放送が多くブートレグも大量に出回ったので、それがオフィシャルで出るのを楽しみに待っていた時期があった。「WINTERLAND 12/15/1978」もそんな1タイトル(3枚組CDR)。78年の音源は11タイトルが正規リリースされていて、そのどれもがブートレグを凌駕しているのであるが、過去のブートレグを思い入れ込みで捨てられない私である。こんなのから処分していかないとダメなのはわかっているのだが。残念なことに今は日本からだとボスのHPからの購入は不可能な状態になっている。

 

ブラック・クロウズも一時期(それも、かなり長い間)自身のライブをCDRで販売していた。その数はあまりに多く全てを買う気力も資金もなかった。それはすなわち、優先順位の第一位でなかったことを意味するが、それは仕方あるまい。なので、私はクロウズのブートレグはライブ盤を買ったことはなくスタジオ・アウトテイク物だけが手元にある。掲載写真は「29 . OCTOBER . 2010 PHIADELPHIA, PA」でタイトル通りの日付の演奏を収録した3枚組CDR。以前も書いたが、数多あるクロウズのライブCDRの購入基準は「どんな曲をカバーしているか」の一点である。日々セット・リストが変わるのなら面白い曲をカバーしている日を選びたいと思ってもおかしくはないだろう。因みにこの日は。まさかのストーンズの「I JUST WANT TO SEE HIS FACE」を演奏しているのだから、確実に捕獲対象なのである。(笑)

 

    

 

ジョニ・ミッチェル、ジェームス・テイラー、フィル・オクスの三人のライブを収録した

「AMCHITKA THE 1970 CONCERT THAT LAUNCHED GREENPEACE」(2009)は2枚組CD。1970年10月16日バンクーバーでの演奏を収録。今のようにロック・バンドの多くが環境問題に意識的になるよりも、どちらかといえば所謂シンガー・ソング・ライターの枠で語られる人の方がそういったことに意識的な発言をしたり行動するのが早かったような印象がある。これもそんな意識下で行われたコンサートで、09年にリリースされたこのCDの収益もCDタイトルにあるような団体の収益になったのだろう。私は環境問題に対する行動をする人々を貶める気持ちは更々ないが、行動形態によっては非難の対象にすることはある。単純にこのCDは演奏を聴きたかったから購入しただけで、私がコンサートの主催団体を支持するものではないことは明確にしておく。当たり前だがこのCDは店頭には並ばなかった。

 

ジミ・ヘンドリックス・エクスぺリエンス「LIVE IN OTTAWA」(2001)は1968年3月19日キャピトル・シアターでのセカンド・ショーを収録している。90年代半ば頃になってやっとジミの遺産を親族が管理できるような体制になり、様々なオフィシャル・リリース作品が一般流通するようになった。そんな中で一般流通するには内容や音質の面で少々難があり、かといってお蔵入りするには惜しいという音源がジミのHPで販売されるようになった。「Dagger Records」というレーベルの下で出された盤がそれに該当し、これもそんな中の1枚。とはいっても70年代から今に至るまでジミの親族が明らかにリリースに関係していない音源が一般ルートで出され続けているのも事実。日本盤の帯付き仕様だからといって「真の正規盤」とは限らないのが現状である。ま、これはジミに限ったことではないが。因みにこの日のファースト・ショーも「LIVE 1968 PARIS・OTTAWA」のタイトルでリリースされている。

 

    

 

クリス・スペディング「FACE TO FACE」(2018)は2018年6月29日の演奏を収録したCDで、この日はプロ・デビュー50周年を祝うコンサートであった。いつものトリオ編成でなくキーボードが入ってアレンジの幅が拡がり、またライブで初めて演奏されたという名曲「SHE'S MY FRIEND (邦題:素敵なアドバイス)の収録が嬉しい。一般の流通経路にはのらず、クリスのHPでの購入が可能。

ルー・リードがトリオ編成で行った歌無しの即興演奏を収録したのがメタル・マシン・トリオの「THE CREATION OF THE UNIVERSE」(2008)と題された2枚組CD。2008年

10月2日と3日の演奏を取りっぱなしの無編集で収録している。全体の流れはゆっくりしたものであるが3人の間で交わされる情報は膨大な量で、穏やかな中にも緊張感が漲った演奏である。ギターを弾くのは勿論ルー自身なので、いくら即興演奏といってもよく聴くと、かつて様々な楽曲で弾いたフレーズの断片の更に断片を聞き取れるし、そのトーンは紛れもなくルー・リードのギターのそれである。聴き手を選ぶ側面はあるが、これもルー・リードであり、これがルー・リードでもある。

 

というわけで、無理やり「コーナー」を作った感のある「実況録音盤選 第八幕」はこれでお終い。次回、「実況録音盤選 第九幕」(YOUはナニしに日本へ?)もとい、(LIVE IN

JAPAN PT.1)で、またお会いしましょう。「名盤40選」で敢えて選ばなかった「アレ」や

「ソレ」がやっと登場します。(笑)

 

幕間
 

 

「実況録音盤選 第七幕」は、かつて非売品のプロモーション用ディスクとしてラジオ局に

配布された盤や、ブートレグで慣れ親しんだ音源がオフィシャル発売された盤からの選出。

当初は一般流通を目的としてなかったものが年月を経て、価値があるものと判断されて手軽に聴くことが出来るようになるのは嬉しいし、オフィシャル側がブートレグ音源の価値を

認めたり或いはもっと良い物を提供する気になるというのも、聴き手によっては嬉しくかつ

面白く思えるのである。

 

  

 

最初の4タイトルは「かつてプロモーション・レコードとしてラジオ局に配布された盤がオフィシャル・リリースされた盤」から選んだ。もう一つ言えばコステロ、イギー、ディテクティブは何らかの形でブートレグにもなった。

エルヴィス・コステロ「LIVE AT THE EL MOCAMBO」(1993)はそういったケースの代表格とも言える有名なレコード。1978年3月6日の演奏を収録したこのレコードは、

昔からコステロ収集家の最初の難関としてコレクターの行く手を塞いだ盤でもあり、このジャケットがそのままブートレグLPにも使われた。93年に最初の3枚のアルバムと共に

4枚組ボックスで登場したが、すぐ単体でも発売された。演奏は熱いが客席にうるさいヤツがいるのが耳障りか。(笑)2018年に3KINGS(鮎川誠、友部正人、三宅伸治)のライブ盤「3 KINGS SINGS THE BLUES」がリリースされたが、あの盤も一人の女性客の素っ頓狂な

嬌声を拾い続けていて興醒め甚だしかった。ライブ盤は偶発的要素が多いので、それ故に様々な危惧要素があることは了解しないといけない。

イギー・ポップ「LIVE ON THE KING BISCUIT FLOWER HOUR」(1997)は1988年

7月19日の演奏を収録した盤で、これも元々はレコード会社がラジオ局に放送用に配布したレコード&CDである。すぐさまブートレグになったが、その数年後にはタイトルを変えて一部の国でオフィシャル・リリースされたのが如何にもイギー・ポップのビジネスらしい。(笑)なんでコレを買ったかと言うと深い理由は無く、「ずっとスルーしていたのでもうそろそろコレも買っとくか。」という程度で、重要度とか緊急度とは全く無縁の買い物。実はブートレグが出た時は速攻で買ったのに。それはブートレグだとすぐ無くなるだろうと

緊急度が上がったからで。(笑)内容は素晴らしいことは書いておかねばなるまい。

 

  

 

ディテクティブ「LIVE」(2013)は所属レーベルのSWAN SONGが1977年12月21日にスタジオ・ライブを録音し、プロモーション用に1978年に配布したレコードが大元になっている。当時のプロモーション盤のジャケットをそのまま流用しているが、マイケル・デ・バレスの後ろに描かれていたSWAN SONGのレーベル・マークは消されている。

ブートレグよりはすっきりした音だが、特にトリートメントもされていない音質である。

2016年にも別レーベルから再発されているようだが、それは未聴。レーベル・メイトであったバッド・カンパニーにはない、グラム・ロック+ソウル・ミュージックといった趣の

音を楽しめるライブ盤である。

ニルス・ロフグレン「BACK IT UP !! NILS LOFGREN LIVE. AN AUTHORIZED BOOTLEG」(1975)は75年10月31日にレコード・プラントで録音されたライブ盤で、ラジオ局にプロモーション用に配布された。2007年にHIP-O-SELECTからジャケットを変更してCD化されたが、2014年に遂に日本でオリジナル通りのジャケットでCD化された。グリン時代の名曲『TAKE YOU TO THE MOVIES』、キース・リチャーズ賛歌といってもいいであろう「KEITH DON'T GO(ODE TO THE GLIMMER TWINS)』をライブで聴くことができる

貴重な1枚。アル・クーパーがゲスト参加。

 

   

 

デヴィッド・ボウイ「LIVE NASSAU COLISEUM '76」’(2017)は1976年3月26日にナッソー・コロシアムで行われた演奏を収録した2枚組CD。かつては2枚組LPブートレグ「THE THIN WHITE DUKE」という超有名タイトルで知られ、また初CDブートレグ化(笑)の際には、これも有名なLPブートレグのタイトルであった「RESURRECTION ON 84TH STREET」の名が冠された。2曲だけ91年にRYKOから出た「STATION TO STATION」のボーナス・トラックで登場し、全長版のリリースが長らく待たれた音源である。FM放送を元にしたブートレグだったので音はそれなりに良かったが、流石にオフィシャル盤は曲数も増え音も格段に良くなった。ボウイの有名な放送音源は次々とオフィシャル・リリースされるのだが、76年の演奏が好きなのでこれを選んだ次第。

Tレックス「BODOKAN BOOGIE」(2020)は2枚組CDで1972年11月28日の

日本武道館公演を収録している。これもブートレグで有名な音源であるが音質は幾分こちらの方が良いように思う。マーク・ボランの親族が運営するHPからの購入が可能であったが、現在は閉鎖されている。

 

   

 

ドアーズ「LIVE AT THE MATRIX 1967 : THE ORIGINAL MASTERS」(2023)は3枚組CDでのリリース。1967年3月7日と10日の演奏を収録しており、私は3枚組LPのブートレグで親しんだ音源である。2008年に2枚組CDでオフィシャル・リリースされたのだが、思ったより音が貧弱で明らかに決定版ではないように思っていたら、15年の歳月を経てオリジナル・マスターからの収録との触れ込みで2日間の計5セット行われた公演が登場したのである。ボリュームが増え音質も向上したので、これ以上の盤は出ないであろうという決定版。 

リトル・フィート「ELECTRIF LYCANTHROPE LIVE AT ULTRA-SONIC STUDIOS , 1974」(2021)は1974年9月14日のライブを収録している盤で、この音源も昔からブートレグで親しまれてきた。流石にLPブートレグより音質も曲数も飛躍的に向上している。

2026年の今となってフィートの各年代のライブをオフィシャルでまとまった量を聴くことができるようになるとは何といういい時代になったのだろう。名盤の誉れ高い「WAITING FOR COLUMBUS」(2022年に強力なDX盤が出た)は1977年録音のライブで、2014年に出た「LIVE IN HOLLAND 1976」は文字通り1976年のライブを収録、2023年に出た「DIXIE CHICKEN」のDX盤には1973年のライブが収録され、2024年に出た「FEATS DON'T FAIL ME NOW」のDX盤と2025年に出た「THE LAST RECORD ALBUM」のDX盤には、それぞれ1975年のライブが収録された。そうそう、2023年に出た「SAILIN ' SHOES」のDX盤には71年のライブが収録されているのも見逃せない。単独リリースされた本盤は74年のライブなので、フィートのライブ史をオフィシャル盤で追う時に欠かせない1枚になるはず。ラジオ放送されたこの音源のオフィシャル仕様が面白いのは放送されなかったテイク違いを収録してあることだが、このCDはレコード・ストア・デイでの販売であったので(限定3000)フィジカルでの入手が今現在は容易でないかもしれない。

 

      

 

ピンク・フロイド「LIVE ROM THE LOS ANGELS SPORTS ARENA , APRIL 26TH , 1975」は

有名テーパーであるマイク・ミラードが録音した音源をCD化したもので、オフィシャル商品としての初登場は2025年リリースの「炎~50周年エディション」に同梱されたBLU-RAYに収録されたことによる。掲載写真はそれが2026年にCD化されたもので「結局、両方買うのかよ。」という思いで手にした方も多いだろう。(私もです)元から音の良い会場録音として知られ、ブートレグの世界でも何度もバージョン・アップが行われた人気のライブである。ピンク・フロイドが結成からロジャー・ウオータースが抜けるまでの間にリリースしたライブ盤は2枚組アルバム「UMMAGUMMA」のディスク1に69年の演奏を収録した盤1枚しかないこともあってか、緻密なスタジオ録音に活動の焦点があたりがちではあるが、実際のフロイドはとてつもない本数のライブをこなしている。もし72年から75年の間に2枚組ライブ盤がリリースされていれば、「ライブバンドとしての面白さがもっと広く認識されただろうに。」とは思うが、こればかりは今となっては想像に過ぎない。私は年代別にみると日々演目やコンセプトが変わった演奏をした1970年のブートレグを数多く楽しんだものだ。

シルヴァーヘッド「HITTING JAPAN , BEATING JAPAN」(2021)は2枚組CD。1974年1月10日と19日の日本公演での演奏を収録しており、19日の中野サンプラザ公演はブートレグの定番であった。この2枚組はおそらく日本のみのリリースだと思うが、シルヴァーヘッドは日本での人気が高いのか過去にも同様におそらく日本のみのリリースで「SHOW ME EVERYTHING」(2001)というタイトルで73年7月の英国公演の演奏をメインにしたライブ盤がリリースされた。そこにボーナス・トラック扱いで74年7月19日の日本公演が6曲収録されていたが、今回は11曲の収録で過去のブートレグを未聴の方も満足されたのではないだろうか。

 

というわけで、今回はここまで。かつてのブートレグ名盤の数々も各アーティストのボックス・セットやアルバムのDXエディションの発売で次々とオフィシャル化(質・量ともに

向上、増加で)されていくのだが、それはまた別の機会に。それでは次回「「実況録音盤選 第八幕」(ネットでしか買えなかった盤編)で、またお会いしましょう。

 

幕間

 

 

さて、「実況録音盤選 第六幕」は発掘編のパート2である。今回は「第八幕」で予定している「ネットでしか買えなかった盤」特集で取りあげるべき盤も選出しているのだが、選盤を掲載する構成の関係上(笑)こちらで取りあげることになったことをお断りしておく。

あ、早くもそんな盤が下の画面で見えていますね。(笑)

 

     

 

キャプテン・ビーフハート&ザ・マジック・バンド「I'M GOING TO DO WHAT I WANNA

DO - LIVE AT MY FATHER'S PLACE 1978」(2000)とテレヴィション「LIVE AT THE OLD

WALDORF SAN FRANCISCO . 6/29/78」(2003)は共にライノ・ハンドメイドのHPのみでのリリースであった。そしてこの2枚は「実況録音盤選 第七幕」で予定している「プロモ盤やブートレグがオフィシャル・リリースされた盤」特集とも被る。(笑)つまり、両者とも昔から広く知られファンに聴かれてきた音源である。勿論、音質はブートレグとは比べものにならない程に向上している。ライノ・ハンドメイドからリリースされた盤は全てプレス枚数が少ないのだが中にはカクタスのライブ盤やストゥージズの「コンプリート・ファンハウス・セッションズ」のように再発されたケースもある。この2タイトルは再発対象とはならなかったが、どちらも広く聴かれるべきライブ盤なので再発されることを願う次第である。

 

   

 

ロイ・ハーパー「THE BBC TAPES VOLUME Ⅳ IN CONSERT 1975」(1997)は一気に6タイトルがリリースされたBBCライブ・シリーズの1枚。ロック色の強いアルバムである「HQ(邦題:精神本部)」リリース時のライブで、「THE TRIGGER」と名付けられたバックの面々の中にはクリス・スペディングやビル・ブラッフォードの名前もある。二人が犬猿の仲であったせいか短期間しか存在しなかったバンドであるが、こうして録音が残されているだけで価値があるというものだ。ビッグ・ブラザーズ&ザ・ホールディング・カンパニーの「LIVE AT THE GRANDE BALLROOM DETROIT , MARCH . 2 . 1968」(2024)は同年のレコード・ストア・デイでリリースされたタイトル。今のところCDの発売は無い。2012年にも68年6月の演奏が発掘されて商品化されているが、その時も2024年も何一つ

盛り上がらなかったように記憶する。(笑)シティー・ポップスとやらが流行る今の日本ではそういう状況なのは何となく理解できるがジャニスの価値が下がったとかそういう訳ではないだろう。それにしても、R.S.D.でレコードを3,500枚だけリリースしてそれで終わりだと後進の連中が聴くことができないではないか。CDが売れない今の時代だと、CD化して一般の流通に載せることがそれほど重要な話でないと考えられているなら、残念な話であるとしかいえない。

 

      

 

レッド・クレイオラ「LIVE IN PARIS」(2005)は1978年のライブを収録したCD。

78年リリースのシングルの両面である「WIVES IN ORBIT / YIK YAK」に、名盤「SOLDIER-TALK」から5曲収録している。個人的に驚いたのはライブのオープニングが触り程度だが、メイヨ・トンプスンのソロ・アルバム収録の「WORRIED WORRIED」であることだ。

音質ははっきりいってそれほど良くはない。だが、イギリスを拠点にパンクやニュー・ウェーブとリンクするこの時代の音の迫力は素晴らしい。通常のCDケースでなく、薄っぺらい冊子にCDが貼り付けられていると言うなんとも無骨なつくりで、いかにも限定物(500枚のみ)という感じがまた愛らしい。

「ANN ARBOR BLUES FESTIVAL 1969」(2019)は2枚組CDで、ウッドストックと同じ69年8月に3日間開催されたブルーズ・フェスティバルを収録している。面子を見たらブッ飛ぶこと間違いなしの正にオールスター戦。マディ、ジュニア・ウェルズ、オーティス・ラッシュ、B.B.キング、T.ボーン・ウォーカー、クリフトン・シェニエにライトニンと

枚挙に暇がないのだが、22組のミュージシャンの曲が22曲収録されている。つまり、フェスの全貌にほど遠いのだが現状聴くことが出来るのはマジック・サム以外はこのCDだけだろう。(マジック・サムは「MAGIC SAM LIVE !」として過去にリリース済み)音質はさほど良くないが、それが却って演奏の迫力を現場レベルで生々しく伝えてくれる。いつか、全ミュージシャンの全演奏が発掘されることを願っている。

 

  

 

フリートウッド・マック「RUMOURS LIVE」(2023)は1977年8月29日イングルウッドでの演奏を収録した2枚組CD。アルバム「RUMOURS」の35周年DXエディションに収録されたライブ盤は複数個所での公演を1枚のCDに11曲収録したものであったが、今回は遂に1か所公演の完全版の登場と相成ったわけである。男女二組のカップルがバンド内に存在し、3人のソングライターの曲を偏ることなく選択してステージで演奏するというのは他のバンドでは考えられない危ういバランスの上に成り立っていたはずであるが、逆にそれが上手くいった時は素晴らしい効果が期待できるというのも事実であろう。ここにはその効果が最大限に発揮された一夜が見事に捉えられている。

スティーヴ・ミラー・バンド「LIVE ! BREAKING GROUND AUGUST 3 , 1977」(2021)は1977年のライブを収録した盤としては初登場。アルバム「ROCK LOVE」の2019年バージョンで追加された11曲のライブ音源は75年の演奏であり、2007年リリースの2枚組「SESSIONS」はキング・ビスケット・フラワー・アワーで放送された73年と76年のライブであったから、異なる年代のライブの登場は大歓迎であるのだ。選曲もこの時点でのベストといっていいものでスティーブ・ミラー・バンドの最初に聴くライブ盤として最適な盤といってもいいだろう。

 

  

 

ジョージア・サテライツ「LIGHTNIN ' IN A  BOTTLE」(2022)は2枚組CD。80年代にデビューしたバンドで私が熱心に聴いた数少ないバンドの一つが彼らである。バンド解散後もダン・ベアードのソロやダンが組んだヤフーズまで追いかけたものだ、と少し遠い目になる。(笑)ただ、ダン・ベアードが抜けてからの復活サテライツは聴いていない。バンド存命時にライブ盤をリリースしていなかったサテライツであるが、やっと1988年のライブが登場した。同年8月にリリースされた映画「カクテル」のサントラにも収録された『HIPPY HIPPY SHAKE』も演奏され、バンドの勢いも上向きであることを伺わせる熱気が感じられるライブである。カバー多めのところが彼ららしく、そこもまた楽しいところだ。

 

ヨーコ・オノ&プラスティック・オノ・バンド「LET'S HAVE A DREAM - 1974 ONE STEP 

FESTIVAL SPECIAL EDITION」(2022)はタイトル通り、1974年に開催されたワン・ステップ・フェスティバル出演時の演奏を収録したCD。フェスは福島市の市制50周年を

記念して11日間開催されたが、そのうちロック・コンサートとして知られる「ワン・ステップ・フェスティバル」は5日間行われ、その最終日のトリを飾ったのがオノ・ヨーコであった。2017年にこのフェスのほぼ全てを捉えた21枚組CDがリリースされたがヨーコの演奏は収録されていなかったので、遅れはしたものの単発でのリリースは嬉しい限り。

ステージは手練れをバックにしたいつものヨーコの歌が炸裂、客に対してのメッセージの投げかけが多いのもこの時代ならではの空気を感じさせる。好意的でない客に対応するシーンは緊迫感があり、とてもフェスの大トリとは思えない空気が流れる瞬間もある。

残された映像では内田裕也がステージに出てくる場面やヨーコが客席にパンティーを投げる

姿を見ることが出来る。この日はヨーコの日本ツアーの初日であり、決して単発でイベントに出たのではない。因みにバックのメンバーはリック・マロッタとスティーヴ・ガッドの

ツイン・ドラムス、マイケル・ブレッカーとランディ・ブレッカーにブレッカー・ブラザーズとの共演が多いスティーブ・カーン(G)やドン・グロルニック(KBD)の名前もある。まだセッション・マンとしての仕事をこなしていた彼らはこの後更に有名になるのであるが、これだけのメンバーが揃ってヨーコのバックを担当したのだから何とも痛快である。

因みにスタッフの1枚目は76年に、ブレッカー・ブラーズの1枚目は75年にリリースされた。色々な意味で記録としての価値が高いライブ盤である。

 

というわけで今回はここまで。次回、「実況録音盤選 第七幕」(プロモ盤やブートレグがオフィシャル化された盤編)でまたお会いしましょう。

 

幕間

 

 

 

 

 

さて、実況録音盤選の第五幕は2000年以降にリリースされた発掘音源からの選集となる。選出にあたっての「縛り」は重厚な箱物・組物を除く、1タイトルあたり1CD或いは2CD(一部3CD)として流通した盤から選出する、ということである。何でかって?。それは遠い将来?に「箱物」特集をやるからですよ。(笑)

 

  

 

フランク・ザッパ「HALLOWEEN 77」(2017)は3枚組CD。同年にリリースされた

USBメモリー(6回分の公演を収録)から10月31日公演のみを抜き出してCD化したもの。この日は撮影もされ映画「BABY SNAKES」に使われた。様々なメンバーの変遷を繰り返すザッパ・バンド(マザーズも含む)に於いて私はこの時期のメンバーと演奏が一番好きで個人的に「黄金の七人」と呼んでいる。(笑)アンコール以降に演奏される5曲の流れは正に完璧で、聴いていて最高に気分が高揚するのだ。

バッド・カンパニーの「LIVE ALBUQUERQUE , NM , USA-1976」(2006)は76年3月10日の演奏を収録した2枚組CD。バンド存命時にライブ盤のリリースは無かったので喜んだものだが、どうも権利関係があやふやだったようで即刻回収となった。リリース元の「ANGEL AIR」はブートレグのレーベルではなくモット・ザ・フープル関連のレア・ライブの発掘で知られているが、ここで思い当たるのがミック・ラルフスの存在。つまり両方のバンドに在籍したラルフスが自身の所有するテープを持ち込んで商品化したところ、モットは問題にならなかったがバッド・カンパニーはポール・ロジャースが良しとしなかったということである。音質は今一つであるが今となっては貴重なタイトルということになろうか。

現在ではオリジナル・バッド・カンパニーがリリースした幾つかのアルバムのDX盤に、その時代に対応したライブ盤が添付されていることもあり、この音源がオフィシャル・リリースされる可能性は低いだろう。

 

  

 

ソフト・マシーン「MIDDLE EARTH MASTERS」(2006)はケヴィン・エアーズ在籍時の

67年と68年の演奏を収録。BBCライブを除いてエアーズ在籍時の単体でのライブ盤はこれしかないので貴重な1枚といえる。音質もこの時代を考慮すれば満足いくものである。

ブライアン・フェリー「ROYAL ALBERT HALL 1974」(2020)は74年12月19日の

演奏を収録。72年頃からロック・コンサートに場を貸し出さなくなったロイヤル・アルバート・ホールでの演奏に際しフェリーさん以下ステージのメンバーは全員正装なのが格好良い。ベースのジョン・ウェットンはまだキング・クリムズンのメンバーだった時期。異様に迫力のあるベースはポール・トンプスンのドラムスとよくマッチすることに改めて気付かされた。選曲もそれまでにリリースされた2枚のソロ・アルバムを中心になかなかの選曲。

 

  

 

ジェファースン・エアプレイン「LIVE AT FILLMORE AUDITORIUN 10/16/66」(2010)は

グレイス・スリック加入後の初ステージを捉えたCD。この前日には前任ボーカリストであるシグニ・アンダースンの最後のステージがあり(それもCDで発売されている)、驚くべきはボーカリストが交代してもバンドは休むことなく活動を続けたということである。まだ、この時点ではスリックの曲は取り上げられていないが、徐々にバンドは加速の一途を辿るわけで、その最初を聴くことができるというのは「おもろのきわみ」ではなかろうか。

ユートピアの「DEFACE THE MUSIC TOUR」(2001)は1980年10月31日の演奏を収録した2枚組CD。ビートルズ風の曲で全部を埋め尽くしたアルバム「DEFACE THE

MUSIC(邦題:ミート・ザ・ユートピア)」をプロモーションするツアーはごく短期間で終わったが、まさかこの時の音源がリリースされるとは。ブートレグでもこの時期の演奏は聴いたことがなかったので、これは嬉しい驚きであった。ただ、同アルバム収録曲を一気に

演奏するのではなく、過去のレパートリーと交互に演奏する構成は今一つであるが。

 

    

 

バーズ「LIVE AT ROYAL ALBERT HALL 1971」(2008)は私の最も好きな時期のバーズの演奏を捉えたもの。つまり2枚組アルバム「UNTITLED(邦題:タイトルのないアルバム)」

の1枚目に収録されたライブと同じ布陣での演奏を長尺で聴くことができるのだ。69年のメンバーと比べるとベースが変わっただけだがバンドはよりライブ向きの様相を呈し、ロジャー・マッギンのギターの煌びやかさを上書きするようなクラレンス・ホワイトのストリング・ベンダーは大きな存在感を主張する。グラム・パースンズの時代は特異点に過ぎず、バンド本来の魅力はこの4人がいた時代にあると、私は思っている。

ソニックス・ランデヴー・バンドのことは、このブログでは折につけ取り上げてきた。それだけ、多くの人に気に留めて欲しいと思っているのだが、いかんせん小さな村からの微弱な発信では効果は知れている。(笑)だから、ロックは大音量で自身の主張を遠くに届けるべきと昔から言っているのだよ。(笑)「SECOND CHANCE」(2008)は、あのボックスにも収録されていない怒涛のライブを収録した2枚組。この後も幾つか新音源が発掘されたが、ソニックス・ランデヴー・バンドとパティー・スミス・グループが共演した一夜の模様はブートレグでしか聴くことができない。

 

  

 

第五幕の最後はこれも過去にこのブログでは何度か取り上げた二人のS.S.W.を。ジュディ・シルと、ジェシ・ウィンチェスター。はっきり言ってこのブログではカーリーサイモンやジェームス・テイラーよりは多く取り上げている。ま、それはどうでもいいか。(笑)

ジュディ・シル「LIVE IN LONDON THE BBC RECORDINGS 1972 - 1973」(2007)は

スタジオ録音の2枚のオリジナル・アルバムと比べると貧弱に思えるがジュディのライブを聴くことができた喜びがそんなことは些細なことだと思わせる。2015年に1曲追加して再発されたが曲の並びが変わってしまったので、これから手にする方は頭の片隅に記憶して探すと手にして聴いた時に「あれ?。」と思わなくて済むだろう。

ジェシ・ウィンチェスター「LIVE IN MONTREAL 1976」(2015)はFM放送音源のCD化。ジェシが兵役を拒否してカナダに入国したため、本国アメリカで演奏活動ができなく
なったことは有名な話であるが、そんなジェシの演奏を米国の人たちにも聞いてもらうためにFM局が録音し米国で放送したというエピソードが、この音源の価値を一つ上に上げる。最もそんなエピソードが付随しなくても、ここで聴くことができる演奏は素晴らしい。セット・リストは、この時点でのジェシのベストに近い曲が選ばれジェシの生演奏の魅力を伝えるには十分な内容だと思う。77年に録音された「LIVE AT BIJOU CAFE」と共にいつまでも

愛聴したいライブ盤である。

 

今回はここまで。次回、「実況録音盤選 第六幕」発掘編パート2でまたお会いしましょう。

 

幕間

 

 

 

 

 

「実況録音盤選 第四幕」定番選の最終章である。「え、もうこんな時間?。(笑)じゃなくて、え、もう40枚に達したの?。まだできるでしょ。」と、言われたような違うような記憶を反芻しながら後ろ髪引かれまくり状態で選んだ40枚。

 

  

 

ビートルズの「THE BEATLES AT THE HOLLLYWOOD BOWL」(1977)は64年と65年の演奏から編集されたライブ盤。歓声が大きく捉えられていて、今なら「もう少し抑えて

ミックスできたんじゃね?。」なんて思うが、これを手にした17歳の少年は「凄い人気だったんだ。」と素直に感動したものだ。(笑)

2016年にジャケットとタイトルを変えてCD化されたが、個人的にはタイトルもジャケットもこのままでボーナス・トラックをつけてリリースしてほしかった。当時公開された

ドキュメンタリー映画が商品化される際のパッケージと連動したアルバム・ジャケットには

何の感慨も思い入れも無いのだ。

ダイアー・ストレイツの「ALCHEMY」は84年リリースの2枚組LPで83年のハマースミス・オデオンでの演奏を収録。ダイアー・ストレイツのライブを聴くのは、このレコードが初めてであったので10分超えの曲が4曲もあるのに驚いたが、長さを全く感じさせずに曲の中で様々なドラマを紡ぐマーク・ノップラーの手法に大きな感動を覚えたものだ。

レコードではわかりかねるが、同名の映像ではインストの最終曲「GOING HOME- THEME

FROM LOCAL HERO』を演奏中に機材が撤収が始まるという演出を見ることが出来る。

 

  

 

エルヴィス・プレスリーの「ALOHA FROM HAWAII VIA SATELLITE」(1973)は2枚組LP。73年1月14日にハワイで癌基金の為に行われたチャリティー・コンサートを史上初めて全世界に衛星中継したことでも知られる。73年にもなるとハード・ロックやプログレッシブ・ロックというものがロック界を席巻したはずだが、このコンサートの視聴率は高く

エルヴィスのライブ盤も2枚組にも関わらず売れた。実際、ライブ盤を聴くと自身の曲の新旧の混ざり具合が程よく、またオリジナルとカバーの混ざり具合もよい。今の視点で冷静にみれば笑いの対象となる要素もあるにはあるが、今のロック界でエルヴィスのように上手に歌える人がどれくらいいるかを思えば、この盤がとても素敵なものに思えてくる。

ロッド・スチュワートの「ABSOLUTELY LIVE」(1982)も全く同じことを思わずにいられない2枚組LP。「大西洋を渡ってロッドは堕落した。」なって言う人もいるが、私は露程もそんなことは思わない。誰もロッドのようには歌えないことに変わりはないし、女にもてて何故悪い?。(笑)会社で不利な状況になったり何かの矢面に立たされた時、女性の支持が多いおかげで、こちらが正義になったということはよくあることだ。(笑)ここでも、ロッドは『STAY WITH ME』でティナ・ターナーとキム・カーンズをゲストに迎えて両手に花である。50,000,000 ROD FANS CAN'T BE WRONG .

 

  

 

ヴァン・モリスン「IT'S TOO LATE TO STOP NOW」(1974)は1973年の演奏を収録した2枚組LP。ヴァンはライブ盤を含めてのリリースになるが、今でもほぼ毎年1枚のペースで何らかのアルバムを出しているのが凄いと思う。さっき数えたら手元には47タイトルのオリジナル・アルバムがあったが、これでまだ全タイトルではないのだから。アルバム・タイトルは最終曲『CYPRUS AVENUE』を演奏中にヴァンが叫ぶ、ある意味お約束のフレーズからきている。このライブ盤は73年5月のトルバドール、同年6月のシヴィック・

オーディトリアム、同年2月のレインボー・シアターでの演奏から編集されているが2016年にそれらの公演を収録した組物が出たおかげで、ほぼ全貌が把握できるようになった。

こちらの体力と聴き手としての力量を試されているような気がする盤でもある。

キング・クリムズン「EARTHBOUND」(1972)はバンド史上最も異質なライブ盤である。メンバー間の仲が悪いとか関係性が悪化したという話は、このバンドの主催者(本人が時に否定しても)の姿勢とメンバーに求められる高度な演奏能力と柔軟性を考えれば、常につきまとう話で何の不思議も無いが、この時期が他と違うのはロバート・フリップが他の3人のメンバーに突き放された時期であるということか。そんなメンバーとの間で行われた演奏を、何故フリップはリリースしたのか?。しかも音質はアメリカでは発売されなかったほどの貧弱なカセット録音のそれであるにも関わらず。黒塗りのジャケットが示すような鬱屈とした雰囲気の盤を聴くと、何ともいいようのない不安が部屋を支配し、怖い物聴きたさで私はこの盤を聴いたものだ。このライブ盤は4か所の公演から編集されているが、今は4か所全ての公演の完全版がオフィシャル・リリースされている。完全版だからといって音が向上しているわけではないが。わざわざ、不仲のメンバーとの演奏を72年のリアルタイムで記録として残したのには、メンバー全員のクレジットがある曲が2曲あることを含めてなんらかの契約問題(契約消化と次の新たな契約を結びやすくするための意味合いを含む)が

あったのかもしれない。

 

  

 

「CONCERT FOR THE  PEOPLE OF KAMPUCHEA」(1981)は2枚組LP。邦題にあるようにカンボジア難民(戦争被災者)を救うために1979年12月にハマースミス・オデオンで4日間開催されたコンサートで構成されている。ポール・マッカートニーが国連から依頼されたことに端を発するコンサートなのでウイングスが大トリを取るのは当然として、ここには当時の英国を代表するバンドが多く参加しているのが目を惹く。面子の中では大物といってもいいフーやクイーンは演奏した全曲が何らかの形のブートレグで見聞きできる。この4日間のコンサートを収録した1時間ほどの映像も公開され、そこではロックパイルとロバート・プラントの共演やイアン・デューリーの演奏にミック・ジョーンズが参加するといった場面を見ることが出来る。もう、チャリティーとしての使命は終わっているであろうが、全出演者の全曲収録の大箱の登場を望む。

ダックス・デラックスの解散コンサートを収録した「LAST NIGHT OF A PUB ROCK BAND」(1979)は2枚組LPで、75年7月1日に100クラブで行われた演奏を収録。

元々はオランダのみでリリースされた盤で、知らない人が聞いたら驚くような会場録音丸出しの音質。ダックスのオリジナル曲よりもカバーのほうが圧倒的に多く、単純に楽しんで演奏を終わりにするのがパブ・ロックらしい。後半にはリー・ブリローや、ニック・ロウを含むブリンズレー・シュウォーツの面々が加わり賑わいをみせる。ストーンズ・カバーが2曲演奏され、歌詞を間違いながらも完奏する『BROWN SUGAR』とさわりだけの『MIDNIGHT RAMBLER』がその2曲。ニックはギターで参加し、後者ではボーカルも担当。それにしてもストーンズの長尺曲である『MIDNIGHT RAMBLER』であるが一分ちょっとしか演奏しないのにわざわざ取り上げるのが、またパブ・ロックらしい

 

  

 

ケヴィン・エアーズ、ジョン・ケイル、ニコ、イーノの連名アルバム「JUNE 1 , 1974」(邦題:悪魔の申し子たち(その歴史的集会より))はタイトルにもなった日付にレインボー・シアターで行われたライブを収録している。元々はエアーズが自身の最新アルバムである

「THE CONFESSIONS OF DR. DREAM AND OTHER STORIES」(邦題:夢博士の告白)をプロモーションするライブを行う際にニコに声をかけたのが始まりで、結果として数珠繋がりでケイルとイーノが参加したという経緯がある。このライブには四人以外にもロバート・ワイアットやマイク・オールドフィールド、オリー・ハルソールといった面子が参加し、その筋のファンからすれば豪華な一夜という趣である。ブートレグではこの日行われた演奏の全貌を聴くことが出来、アンコールの最終曲でイーノはこの日の2曲目に演奏した『BABY'S ON FIRE』をもう一度演奏している。

ザ・バンドの「LAST WALTZ」(1978)は1976年11月25日にウィンターランドで

行われた解散コンサートを収録した3枚組LP。78年に公開された同名映画のサントラでもある。多くのゲストが参加し素晴らしい演奏を残したが、コンサートや映画の撮影等にまつわるエピソードには首を傾げるものも多く、私の解釈としてはそのほとんどがロビー・ロバートスンに起因するものであり、そんなことの積み重ねがバンド継続を難しくしたのだろうなと思わずにいられない。

ところで。以前も書いたがもう一度書きたいのが、あのシーンのことである。

そう、『FURTHER ON UP THE ROAD』演奏中にクラプトンのストラップが外れ、ロビー・ロバートスンがソロを引き継ぐシーンである。あれを名場面とするケースが多いが、あれこそ

作為的で入念な打ち合わせの下の演出と見るのが自然だろう。よく見ていただきたい。場数を踏んだギタリストがあの場面に限ってストラップを裏止めするだろうか。(笑)あれだと

自分の任意の時点、それこそソロを一回しした辺りでストラップを外す(外れる)のは容易である。他のメンバーより入念にメイクをしたロビーがクローズ・アップされるのにうってつけの迷場面である。(笑)

ザ・バンドの演奏には多くの差し替えがあると言われるが、それを差し引いてもライブ盤としての魅力は揺るがないし、ヴァン・モリスンやニール・ヤングにジョニ・ミッチェル、マディ・ウォーターズにボブ・ディランらビッグ・ネームが1回のコンサートに集ったというのは凄いことである。

 

というわけで、「実況録音盤選」の私にとっての定番40枚を選び終えた。当然ながら漏れた盤に悔いが残るのだが、ここはストイックに。これからも接して漏らし続けるのだ。(笑)さて、次回「実況録音盤選 第五幕」で、またお会いしましょう。

 

幕間

 

 

 

さて、「実況録音盤選 定番第三幕」である。今更であるが、私にとっての定番であるので、既に下に見えているであろう(笑)アルバムのジャケットを見て「なんじゃ、こりゃぁ。」と思われる方がいても不思議ではない。先に断っておけば一般的なロックのライブ名盤として取り上げられ祭り上げられることが多いアレやソレは選んでいない。ま、「アレ」や「ソレ」の基準も人によって違うので、わざわざこんな事を書く必要は無いのだが、ホラ、私は根が臆病で気配りするタイプ(笑)なので。いや、本当に。(笑)ホラ、これが本当の法螺ですよ。ホラーですよ。(笑)

 

  

 

セルジュ・ゲンスブールがゲンスブール名義でリリースした「 Enregistrement Public Au Théâtre Le Palace」(1980)は、何処に出しても恥ずかしくないレゲエ仕様での演奏。

コーラスはアイスリーズ、ドラムはスライ・ダンバー、ベースはロビー・シェイクスピア、

ギターはピーター・トッシュとの活動で知られるマイキー・チャン。鉄壁の演奏にゲンスブールの呟き芸が見事にのる様はさしずめ、「フランスではラップというのはこうやるのだよ。」という見本を見せられているようで痛快である。

「NEW ORLEANS JAZZ AND HERITAGE FESTIVAL 1976」(1976)はその名の通り、ニューオーリンズで現在も続くフェスのライブを収録した体であるが、スタジオ録音に歓声を被せた疑似ライブ仕様の音源も含まれている。しかし、そんなことは大した問題ではなく、この盤に収録されたアーティストの顔ぶれと仮初めにも「新録音」(笑)の音を楽しむべきであろう。掲載写真は1990年にCDで再発された際のもので、オリジナルのLPとは異な

る。

 

     

 

マディ・ウォーターズの「MUDDY WATERS AT NEWPORT 1960」はタイトル通り60年

7月3日のニューポート・ジャズ・フェスティバルでの演奏を収録。ジェームス・コットンやオーティス・スパンらが脇を固め、御大は余裕で軽快に自身の最高のレパートリーを聴かせる。マディは1983年に没しているので、晩年と言っても語弊はないであろう1977年のチェスからブルースカイへ移籍以降のマディを支えたのがジョニー・ウィンター。

バンド名が最高に格好いいジョニー・ウインター・アンドの「LIVE」は1971年リリース。76年リリースの「CAPTURED LIVE!(狂乱のライブ)」の演奏・選曲も魅力的でどちらも最高なのだが、ジャケットの格好良さとリック・デリンジャーの参加でこちらを選んだ。

 

  

 

クイーンの「LIVE KILLERS」(1979)は2枚組LP。緑と赤のカラー・レコードなのが

特別な感じがして嬉しかったものだ。このLPを手にした頃は、まだクイーンのブートレグを聴いたことがなかったので聴いて新鮮なことばかりであった。コンサートの最後に『WE WILL ROCK YOU』『WE'RE THE CHAMPIONS』を続けて演奏し、それが後々のコンサートまで続くことは後にブートレグで知ることになる。一番驚いたのは『BOHEMIAN RHAPSODY』の途中のパートをレコード音源で繋いでいることであったけど。このライブにも収録されている『NOW I'M HERE』のスタジオ録音バージョンの歌詞中に登場するのがモット・ザ・フープルでクイーンはモットの74年米国ツアーの前座を務めた。

モット・ザ・フープルの「MOTT THE HOOPLE LIVE」(1974)には「華麗なる扇動者」という邦題がついていた。LPのA面がニューヨークのブロードウェイ、B面がロンドンのハマースミスでの公演での演奏を収録。2004年に30周年記念盤として2枚のCDに

それぞれの公演のほぼ全貌が収録された。ホルストの「惑星第四曲 木星」はこのライブ30周年盤でタイトルと曲を認識した。木星・・・快楽(歓喜)をもたらす者。まさにモットに相応しいではないか。

 

  

 

ビッグ・スターの「LIVE」は1992年にリリースされた。1974年の演奏がラジオ放送されたのが元音源でアナログ・ブートレグでも知られた内容である。ビッグ・スターが残した最高傑作はスタジオ録音の「3RD」であろうが、それ以前のバンドが持っていた瑞々しさは上手く捉えられている。ジャケット写真の気取らない感じも実に素敵だ。

レッド・ツェッペリンの「SOUND RACK FROM THE FILM THE SONG REMAINS THE SAME」は1976年にリリースされた2枚組LP。同タイトルの映画に対応しているわけだが収録された音は映画に使われた音ではない。内容は1973年の演奏で、公開されたのが76年。映画とライブLPは出たものの当のツェッペリンは更に先へと進んでいるので当時のファンはこのLPをどう捉えたのだろう。個人的にこのアルバムが凄いと思うのは2枚組LPという収録時間に制約があるのに『MOBY DICK』『NO QUATER』『DAZED AND CONUSED』という、各メンバーの見せ場がある曲を収録したところか。

 

  

 

1972年にリリースされた「GREASY TRUCKERS」は2枚組LP。72年2月13日に

ラウンドハウスで録音された盤でマン、ホークウインド、ブリンズレー・シュウォーツと

いったところの演奏が収録されている。所謂パブ・ロックの範疇で括られるバンドの現場の音を記録した最初期の部類にあたる。2007年に3枚組CDに拡大され、LPに5曲が

収録されたブリンズレーは何と15曲も聴くことができるようになった。

1973年にリリースされた「CHRISTMAS AT THE PATTI」は10インチの2枚組。1972年12月19日の録音で、ここでもパブ・ロック黎明期の記録を聴くことができる。

ここにも参加しているマンの重要性は再認識されるべきであろう。個人的にはダックス・

デラックスとヘルプ・ユアセルフの収録が嬉しい。初期のブリンズレーもそうであったが、ここで聞けるヘルプ・ユアセルフの演奏も1曲が長く、グレイトフル・デッドの影響の大きさを感じさせる。デイヴ・エドマンズ、テリー・ウイリアムズの名前も見逃せない。

 

いや、なんだか大人げ無いセレクションとなってまいりました。(笑)次回、定番選の最後となる「「実況録音盤選 定番第四幕」で、またお会いしましょう。

 

 

幕間

 

 

 

 

これから挙げていくタイトルの中にはアーティスト没後或いはバンド解散後にリリ-スされたタイトルを含んである。70年代から80年代にかけて出されたタイトルは、まだロックの歴史が浅いこともあって今ほど「発掘盤」という感じはしなかったのではないだろうか。

90年代もギリ、オーケーということにして「2000年代以降にリリースされた発掘盤」とセクションを違えることにしたわけである。もしバンドが継続していたりアーティストが存命ならリリースされなかったかもしれないであろうタイトルが存在することが容易に想像できるのは、今も昔も変わらないが。

 

それでは「定番」編の第二幕である。

 

  

 

オーティス・レディングの「LIVE IN EUROPE」(1966)とボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの「LIVE !」(1975)という2枚のライブ盤を高校時代に手にすることができたことで、その後の私にとって「聴いて面白いと思える音楽の幅」が大きく拡がったといっても過言ではない。深夜映画で「太陽を盗んだ男」を見て劇中で使われた『GET UP STAND UP』がこの「LIVE !」からのものだろうとあたりをつけてレコード屋に行き、手に取ったジャケットがあまりに格好いいので「外してもかまわん。」と思って購入したら、全てが最高の演奏と歌唱であった。わざわざ、修学旅行で東京に行った時にレコードなんて買うと邪魔な荷物になるはずなのに、店頭で見て手に取らずにいられなかった「LIVE IN EUROPE」。ソウルとレゲエの入り口として、これ以上ない最適な盤との出会いであったと今でも思う。

 

  

 

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「1969 LIVE VELVET UNDERGROUND WITH LOU

REED」(1974)のライナーを書いたのは、その当時まだレコーディング契約が無かった

エリオット・マーフィー(ライナーを書いたのは1972年)である。ルー・リードはライナーに対する謝辞を伝えるべくマーキュリー・レコードにマーフィーの連絡先を聞いたが

誤って実家の番号を伝え聞いてしまい、そこに電話をかけてしまう。マーフィーは後日母親から「ルイス・リードという若者から礼儀正しい電話をもらった。」と聞く。その後、ルーと連絡を取り合い、ルーの影響でRCAと契約するのだから、話は美しく着地する。

エリオット・マーフィー「LIVE - HOT POINT」(1989)は87年6月17日のスイスでのライブ。奇しくもこの日が誕生日であるクリス・スペディングがゲスト参加で2曲歌うのも私の中では高ポイント。当時のマーフィーの勢いが伺えるライブ盤である。

 

  

 

トニー・パーマーが撮影した同名の映像も素晴らしいのが、ロリー・ギャラガー「IRISH

TOUR '74」。スタジオ録音では捉えきれない熱量を見事に2枚組LPに封じこめた傑作だと思う。2014年に本タイトルの40周年記念盤が7CD+DVDでリリースされ、元になった公演のほぼ全貌が明らかになった。キッス「ALIVE !」(1975)は2枚組LPで彼らの出世作と言われる。ライブ音源にスタジオで手を加えまくった果てのリリースという言も

同時についてくるのだが、昨年リリースされた「ALIVE!」「DRESSED TO KILL」の50周年ボックスに収録された4か所5公演のライブ(2枚組LPはこの4か所のライブから編集されている)を聴くと、そんな注釈は全く不要の素晴らしい演奏をしていることがわかる。視覚に訴える要素が大きいバンドであるが、楽曲も演奏も十分魅力的であることを知らしめるのに最適なライブ盤ではなかろうか。

 

  

 

ジャクスン・ブラウン「RUNNING ON EMPTY」(1977)はそれまでの常識を覆すライブ盤ではなかろうか。収録されたのは全て新曲で、ステージだけでなく宿泊したホテルの部屋や移動に使うバスでの演奏も収録していて、これはもうコンサートを行うために旅するミュージシャンの姿を捉えた秀逸なコンセプト・アルバムだと思う。録音に使ったホテルの名前と部屋番号も明かされているので、今でいう処のファンによる「聖地巡礼」が行われたであろうことは想像に難しく無く、それはファンにとっては「ジャクスンと同じ道程を走った。」という高揚感と喜びを引き起こしたであろう。

ジョニー・キャッシュの「AT SAN QUENTIN」(1969)は1968年にサン・クエンティン州立刑務所で行われた演奏を収録している。58年から刑務所を訪問し演奏していた

キャッシュであるが、このような特異な場所で収録したライブ盤のリリースを可能にしたことはキャッシュ自身が大きな影響力を持った「カントリー歌手」であったからであろう。

同時に撮影された映像の影響が大きいので、この盤を選出したが前年にリリースされた

「AT FOLSOM PRISON」も必聴のライブ盤である。アルバム・ジャケットに写るキャッシュの胸がベースで突かれているように見えるのが、なんとも意味深に感じる。

 

  

 

ウィングスの「WINGS OVER AMERICA」(1976)は3枚組LP。当時はビートルズの曲をライブで演奏するようになったことが話題になったようだが、後追いで聴いた身としては

その遠慮がちな選曲が気にかかる。(笑)それよりも歴代ドラマーに比べてジョー・イングリッシュの演奏が際立って素晴らしいのが耳を惹く。映画「ROCK SHOW」で見ることができるこの時期のオープニング・メドレー『VENUS AND MARS / ROCK SHOW / JET』は最高の曲と演奏であるが、曲中の印象的でしかも演奏が簡単なフレーズをリンダのために用意するところにポールの愛を感じるのだ。6月の演奏を収録した3枚組LPブートレグ「WINGS

FROM THE WINGS」がオフィシャル盤「WINGS OVER AMERICA」のリリースを促したのは

有名な話だが、12月リリースの本作はその当時の丁度良いクリスマス・プレゼントになったのではないかと想像するのも楽しい。

「LIVE STIFFS LIVE」(1978)は1977年にスティッフ(レコード・レーベル)が行ったパッケージ・ツアーを収録したもの。ジャケット写真に写る5人のメンバーはバックを

担当するバンド・メンバーを共有したりお互いに参加したりしながらツアーを続け、その熱気がこのアルバムに見事に捉えられている。未聴の方はオープニングの『I KNEW THE BRIDE』で聴くことができるニック・ロウとデイヴ・エドモンズのダブル・ボーカルと曲中の短いギター・ソロの格好良さに触れていただきたい。ブートレグでは同ツアーのドキュメンタリーを見ることができるが、これはいつか正規発売を希望する。

「IF IT AIN'T STIFF ,  IT AIN'T WORTH A FUCK」というコピーが最高にクールなレーベルだった。

 

というわけで、今回はここまで。次回「実況録音盤選 定番第三幕」でまたお会いしましょう。

 

幕間

 

 

 

 

部屋のあちこちに積み重なったCDを整理する上で面倒なのがブートレグの存在である。

何しろ、ジャケットを覚えられない。(笑)正規盤なら、それこそ40年以上前から雑誌やガイド本の類を読んで刷り込まれている物が多いのだけど、ブートレグは似たようなジャケットで似たようなタイトルのものが多いのだ。次はブートレグを整理するとしよう。そうすると要らないブツとかも分別できるし。次の企画はさしずめ「回顧録 密造酒奇譚」とでもするか。

 

ブートレグとして世に出る盤は大抵がコンサートの隠し録りか、FMラジオで放送されたライブのエアチェックである。FM放送用の原盤やマスター・リールが流出することもあるが、それも含めてスタジオ・アウトテイクの類に比べれば圧倒的にライブ盤が多い。そこで、思いついたのがブートレグを回顧する前に正規盤として世に出たライブ盤の中で私が気に入っている盤を並べることを思い立った。今回は先に書いた「密造酒奇譚」に繋がる内容を絡めるのと合わせて、ライブ盤を並べる際に5つの部門を設けて選出することにした。

 

まず、私にとっての「定番」を40タイトル。次に「2000年以降に発掘された盤」を

20タイトル、「一般の店舗では販売されずネットでしか買えなかった盤」を10タイトル、「かつてブートレグで親しんだ盤が正規にリリースされた盤」を10タイトル、最後に「ライブ・イン・ジャパン」を20タイトルの計100タイトルを選ぶ。更にいつもの「縛り」として、1アーティスト1タイトルのみとする。つまり、100X100である。かなり無理が生じる(笑)ので、100タイトルがイコール「ベスト100」とはならないかもしれないが、制約がある方が面白いだろう。

 

というわけで、まずは「定番」の第一幕。

 

  

 

エアロスミス「LIVE BOOTLEG」(1978)は77年+78年の演奏を軸に、73年の演奏まで含んでいる2枚組LP。73年と78年の収録曲の多くは、採用日の全曲収録ブートレグがリリースされている。ローリング・ストーンズ「GET YER YA-YA'S OUT !」(1970)の販売を促したのは、今や有名なブートレグのタイトルである「LIVE'R THAN YOU'LL EVER

BE」の存在であると言われる。このライブ盤は69年11月に行われた4回のコンサートから編集されているが、それらの公演をブートレグで聴いてわかることは、オフィシャル盤には差し替えや追加録音があるということである。ブートレグを聴くとキース・リチャーズさんは、オフィシャル・ライブ盤で聴くことができるような熱の入ったコーラスは、一切つけていません。(笑)ずっと残る正規盤として世に出す為には、それなりのトリートメントが必要であるということだ。この頃のストーンズは演奏する曲のテンポは遅いが、グルーヴを感じるリズムが魅力的だ。

 

  

 

ザ・フー「LIVE AT LEEDS」(1970)を聴いて思うことは、「これが最初から2枚組でリリースされていたら、レッド・ツェッペリンに大きな顔をさせずに済んだ」ということであり、ブツを手にして思うことは「おまけの数が完品であることの重要性」であろうか。近年リリースされたポール・マッカートニーやキッス等の大箱の「おまけ」の数は尋常でないので、中古店が買い取る場合に完全に「おまけ」の数を把握していることはまず、ないであろう。(笑)キンクス「EVERYBODY'S IN SHOWBIZ」(1972)は2枚組LPでディスクの1枚目にはスタジオ録音の新曲が収録され、2枚目にはライブが収録された。この形態でのリリースはバーズの方が2年早かったが、キンクスのこのアルバムはスタジオで曲を録音してロードに出るというバンドマンの生業をそのまま形にしたという意味に於いて、立派なコンセプト・アルバムだと私は解釈している。

 

  

 

ボブ・ディラン「HARD RAIN」(1976)を初めて聴いた時、1曲目の「MAGGIE'S

FARM」の格好良さにやられた。適当な音合わせからいきなり曲が始まり、3本のエレクトリック・ギターが付かず離れずフレーズを紡ぐのが格好良かったのだ。「これぞ、ライブのオープニングに相応しい曲。」とずっと思っていたのだが、この日の演奏をTV中継した番組を録画したブートレグを見て、オープニング曲でも何でもないのに驚いたものだ。米国放送の映像を最初に見たが後日見たTV東京版は挿入される書き文字やメンバー・テロップ等の字幕が良かった。ディランの全キャリアの中でも取り留めなく荒々しい演奏をしていた75年から76年の演奏が私は一番好きなのだが、近日凄い組物がオフィシャルで出るようなので期待したい。ニール・ヤング「LIVE RUST」は2枚組LP。映画「LUST NEVER SLEEPS」と比べると尺の関係上LPの方が収録曲が少ないが、実は私はLPの方がすっきりと締まっているように思える。勿論、映画も必見である。

 

   

 

J.ガイルズ・バンド「SHOWTIME!」とデヴィッド・ヨハンセン「LIVE IT UP」は共に

1982年のリリース。どちらも最高に楽しいライブ盤。「SHOWTIME!」は冒頭からジャンプ・ナンバーの連発で一気に掴まれる。EMI時代の曲を中心に構成しているのも時代にマッチしていた。A面最後に収録されたピーター・ウルフのラップが長く、コレのせいで90分カセット・テープの片面に入りきれなかったのが難点であった。(笑)「LIVE IT UP」も明るく楽しいライブ。冒頭のアニマルズ・メドレーが素晴らしいが、何よりも自前の傑作曲である『MELODY』の収録が嬉しい。まるでモータウンのコーラス・グループが歌いそうな曲が

ハードに演奏されるのだから。

 

  

 

フェアポート・コンベンション「HOUSE FULL」は元々1977年に「LIVE AT THE L.A.

TROUBARDOUR」のタイトルでリリースされた盤で1970年の演奏を収録している。

この盤は数奇な運命を辿っていて、1986年に掲載写真のジャケでリリースされ、2001年に英国で曲数が増えて更に全く違うジャケットでリリースされた。私が所持するのは2003年にリリースされた日本盤でジャケは86年のバージョンで中身は01年の英国仕様。ふぅ~、なんだか面倒くさいですね。(笑)これを聴くといつも「ヘヴィ・メタルの速弾きは何かの冗談なのか?。」と思ってしまうが、フェアポートはそれくらいハードな演奏もするということだ。グレイトフル・デッドの「GRATEFUL DEAD」(1971)は2枚組

LP。デッドのライブだと昔なら69年の「LIVE / DEAD」が名盤扱いであったが、好みの問題もあろうが今では冗長に感じるので、この盤のライバルは「EUROPE 72」か。(笑)

76年リリースの「STEAL YOUR FACE」をフェイバリットに挙げる人とは、そのセンスの良さを共有したい。つまり、デッドには良いライブ盤が多いということである。(笑)

 

グレイトフル・デッドはブートレグを駆逐するためと自身のコンサートへの集客を促すために会場録音を公認し金銭を伴わないトレードを推奨したが、それと同時にバンド側が多くのそれこそ聴き手(買い手)が音を上げる位の音源を提供してきた。2011年に1972年欧州公演が73枚組の大箱でリリースされた際は多くのデッド・ヘッズは悲鳴を上げたはずだ。その値段の高さと7200セットという限定数に対して。因みにデッドの組物でCDの

収録枚数が多いのは2015年リリースの「30 TRIPS AROUND THE SUN」で何と80枚組である。おかげさまでデッドのブートレグには手が回らないくらいの出費を重ねてきたが、

それでも昔に買ったブートレグを何タイトルかは今でも所持している。それらは何れ取り上げる機会があるだろう。

 

というわけで今回はここまで。次回の「実況録音盤選 定番(第二幕)」で、またお会いしましょう。

 

幕間