いま、世界の多くの国で

「お金を稼ぐこと」こそが人生の目的のように語られています。

利益を生まないものは切り捨てられ、

人の心さえも“効率”で測られる時代です。


しかし、本当にそれが人間の望んだ社会なのでしょうか。


「会社は株主のもの」「お金を生む人が価値ある人間」

そんな考え方が広がる一方で、

多くの人が心のどこかで違和感を感じています。


働くことは、本来、誰かのために力を尽くすことです。

そしてその中に、誇りや喜び、つながりが生まれる。

それが人間にとっての“幸福”の形ではないでしょうか。




日本には、もともとその精神が根づいていました。

働くことを尊いとし、職人を敬い、

相手の仕事を尊重する文化があります。


100年続く老舗の企業が多いのは、

そこに“心”が生きているからです。

利益よりも、信頼を積み重ねてきたからです。


仕事とは、お金を得る手段ではなく、

「人と人が支え合う行為」だったのです。




ところが今、企業の多くが

外国の投資家によって支配されつつあります。

資本の論理が、働く人々の生活や誇りを押しのけていく。


その結果、長く受け継がれてきた技術や

ものづくりのノウハウが

海外へと流出しています。


技術とは、単なるデータや図面ではありません。

そこには、何世代にもわたる努力、感性、責任感、

そして“心”が宿っています。


もしそれを安易に手放せば、

日本だけでなく、世界の“人間らしさ”が失われてしまうでしょう。




日本人は、誠実で、粘り強く、手先が器用です。

そして何より、「誰かのために良いものをつくろう」という心を持っています。

この精神は、どんなAIや資本よりも価値のある財産です。


だからこそ、守るべきところは守らなければなりません。

短期的な利益のために、大切な文化や技術を手放してはいけません。

それを守り、次の世代へつないでいくことが、

この国の、そして人類全体の生きる道です。




働くことは、決して“生きるための義務”ではありません。

それは“生きる意味”そのものです。


苦しい時は支え合い、

喜びが生まれた時は分かち合う。

それが、本来の人間の在り方です。


欧米的な拝金主義や競争原理をそのまま受け入れる必要はありません。

世界のどの国であっても、

“働くことの尊さ”という普遍の価値を取り戻すことが、

これからの時代を良くする第一歩になるのです。




お金ではなく、

心を中心に置く社会へ。


効率ではなく、

信頼でつながる世界へ。


働くことを通して、人と人が支え合う。

その美しい原点を、私たちはもう一度思い出す時に来ています。