フリーになるということ | よねちゃんのつれづれ便り

フリーになるということ

フリーアナウンサーの川田亜子さんが練炭自殺を図ったという一報に衝撃を受ける。

彼女のブログに変化が表れたのは5月中旬から。「生きる」という事について書かれている反面、仕事の方向性について悩んでいるようにも思えた。

私は何度か彼女のブログに「ブログはマスメディアとは違う、自分を表現できる場所」「ゆったりと心を休ませたら」とコメントを寄せた。「頑張れ」とは決して書かなかった。彼女を追い込む事になると考えたからだ。

フリーになるということ―局アナ時代は立場も収入も守ってくれるだろうが、フリーになれば事務所に属しているとはいえ、個人事業主になる。

そしてメディアに身を置く以上は今まで以上に自分の発言に対して責任を負わねばならない。

私も報道関係者に企画を提案したり、時には出演させて頂く機会がある。その影響力の大きさゆえ、発言内容(表現方法)について相談することすらある。そして思う。テレビは見ているだけのほうが楽だなぁと。

そしてフリーなるとよく耳にする「報道番組をやってみたいです」ということばがある。そのことばを聞くたびに実績と実力がないと難しいと感じる。人気だけではやっていけない。「読む」事はある程度訓練を積めば出来るけれど、自分のことばで「伝える」事は難しい。

数ヶ月前、ある番組でフジテレビの高島彩アナウンサーが「自分の事をしゃべるのは苦手だ」と言っていた。情報番組からバラエティの司会まで、そつなくこなし、人気もある彼女がこう心境を吐露した。私はそれを聞いた時、どんな分野であっても道を極めるのは容易ではない、そしてそれには終わりがないと感じた。

川田さん自身も最後まで「生きる」という事について、そして仕事について悩み、苦しみ、きつかっただろうなと思う。最後に選んだ「死」という選択はとても残念だけれど。

最後に、川田亜子さんのご冥福を心よりお祈りいたします。