2011年3月11日当日⑫ 列


まさかこんなことになるとは・・・


そんなことを思いながら歩き始めた。


交通機関がほぼ全滅状態だったこともあってか、


歩道には今まで見たこともないような行列ができていた。


仕事柄、土日や祝日にあまり出歩くことはないので


正しいかどうかはっきりしないが


この大行列はあり得ない状況なのであろう。


JRのガードをくぐり抜け、青梅街道と山手通りの交差点に差し掛かる


そこは少し坂道になっている。


何気なく後ろを振り返ってみた・・・


なんて光景だ・・・


今まで見たことのない人の帯・・・


こんなに大人数の人たちが一斉に同じ方向へ歩いている光景なんて


多分これから先、見られる可能性のほうが少ないであろう


表現の仕様がない・・・それは正に「絶句」状態であった。


無意識に立ち止まっていた自分は、


その光景を携帯のカメラで数枚撮影していた。


今となれば、その数枚の写真が


唯一3.11当日の写真となった・・・


山の手通りとの交差点には交番がある


そこには、いわゆる「帰宅困難者」たちが


帰る道順や、交通状況を警官に訪ねていた。


中には、やり場のない不安を


怒りとして警官にぶちまけていた中年の女性もいた。


建物が倒壊し、電話も通じず、交通機関もマヒし、場所によっては停電もしている。


家族との連絡が取れないどころか


自分が家に辿り着ける保証もない。


家族は無事なのか?


自分の大切な人の安否を確認する術がない・・・


そんなことが一つ一つそして確実に突きつけられていく・・・


パニックになるのも無理はないだろう。


ふと車道を見ると


所沢ナンバーの白い軽自動車がゆっくりと走り抜けていった。


同じ方向か?


後ろの座席に荷物を満載に積んでいたが、


助手席は開いていた。


思わず、「所沢ナンバーなら、途中まで乗せていってもらえないか」という考えが浮かんだ


こんな時だから頼んでみてもいいのか?


などと思いながら、また歩き始めた。


ん?また所沢ナンバーの車だ!


少し前を、歩くスピードより少し早く走って行った。


あ~気づくのが遅かったか~


所沢や川越ナンバーなんてそんなに多いわけではない


もし次見つけたら、


ダメ元で話しかけてみよう・・・


おっ!いた!所沢ナンバーの車だ!


数メートル先に、信号待ちの所沢ナンバーの車を発見!


「チャンス」急いで車道に出た。


あれ?この白い軽自動車は?


そうである、初めに見たあの白い軽自動車であった。


間違いない、この荷物の状態は正しくあの車だ。


よくよく観察すると、都心から離れていく、いわゆる下り方面の道は


人も車も大渋滞になっている


人の波は車道へはみ出し


車道の一番端を自転車とはみ出した人に占領された車は


一向に進む気配がない


歩くスピードと車の走るスピードに差がなくなっていたのである。


この時点で、バスやタクシーも含めて「車」という選択肢が消えた。


そして迎えに来てくれている同僚に


とんでもないことを頼んでしまったのではないかと


申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

生きてます。


あまりにも書いてないので皆さんからご心配いただきましたが・・・


生きてます。


元気?です。


ここ数ヶ月、講習のテキストとか・・・テキストとか・・・テキストとか・・・


作らなきゃならなくて


夜なべして懸命に作っておりました。


すみません。


まもなく再開いたします。


とにかく生きてます。

2011年3月11日当日⑪ 歩く決心


駅前の広場にはどんどん人が集まってくる


携帯電話を片手に小さい子を連れてうろたえているお母さん・・・


不安そうな顔のお年寄り・・・


卒業式の後なのか、袴姿の女性も数人いた


そこにいるほとんどの人が


家族の安否を心配しつつ


口々にどうやって帰ろうかを模索していた


もちろん、自分もどうしようか考えていた


このままここで西武線が普及するのを待つか


それとも、何とか自力で帰るか・・・


偶然にも前日が給料日だったので


現金ははまあまあ持っていた


そんなこともあって


同じ方向の人を集めてタクシーで帰ろうか・・・


なんて考えたりもした


しかし、既に新宿駅周辺は帰宅出来ない人達でごった返し


タクシーが捕まる気配は全くしない・・・


相変わらずヤマダ電機の巨大モニターには


各地の悲惨な映像が流れていた


そんな時、入間店のスタッフと連絡が取れた


中里チーフ(現在店長)からだ


お店は大丈夫ですという報告だった


お店が大丈夫だったという安堵感もあったが


それよりも、誰かと話せたことで少しだけ気持ちが楽になった


チーフから今の所在を聞かれた


なぜかわからないが、意味もなく笑いながら「新宿でーす」と答えた


そして津波の話や家族と連絡が取れないことなどを話した


真面目な中里チーフはそこからどうやって帰るのかとても心配してくれた・・・


あちこち連絡をしてくれて


そして、その日たまたまお休みだった狭山店の横川リーダーが


帰る当てのない僕を車で迎えに来てくれると言ってくれた


このままごった返しの新宿で待つよりは・・・と思い


少しでも先に歩くことにした


狭山方面から新宿に来る場合


一番わかりやすいのが


所沢街道→青梅街道→新宿のルートである


そのことを横川リーダーに告げ


チョコチョコ連絡を取りながら


青梅街道のどこかで拾ってもらうことにして、電話を切った


そのとき、確か時間は17時30分頃だったと思う


そして、帰宅に向けて


これから経験したこともない


長い長い過酷な6時間半の


第一歩目を踏み出した